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My Robber Prince ~猫と恋泥棒~ 第18章

そのあと、屋敷内は大騒ぎであった。近衛兵が大勢乗り込んできて、舞踏会の客たちは訳がわからずとまどい、右往左往していた。当然、舞踏会は中止、皆はいったい何が起こったのかと騒いでいる。

デリンジャー他、王冠のお披露目会に出席していた五人の貴族たちは一部屋に集められ、皆青い顔で肩を落として近衛長官の取り調べを受けていた。屋敷内が落ち着いたら、山深い場所にある警備が厳重な牢へと連行されていく予定だ。

アルバート国王は、クローディアに見繕われた屋敷内の、一番豪華な部屋へと通され、ゆっくりとお茶を飲んでいた。なぜかウィルも王の希望で、ともにお茶をいただくことになり、部屋の中で三人は向かいあった。

「今回はなんとか落ち着きましたが、二度と陛下みずから現場に行かれるのはおやめいただきます。これからはおとなしく王宮で私の報告をお待ちください」

強い口調で言うクローディアを気にも留めず、王は朗らかに言った。

「ねえ、クローディア、僕うまくできただろう?いつもすごく練習していたからね」

まるで子供が母に、褒めて、と言わんばかりの王の口調に、ウィルは唖然とした。先ほどの鋭い恫喝をしたものと同一人物とはとても思えない。

クローディアは片手で顔を覆って、溜息をついた。

「はい。大変効果的な発言でした。私も晴れやかな気持ちとなりました。……しかし、練習は二人の秘密、と申し上げたはずです」

怒りを抑えてゆっくりと言うクローディアが恐い。

影ながら、王の威厳を作り上げるために涙ぐましい努力をしているのだろう。この素の王は、やはり頼りなさすぎる。

「ああ、いいんだよ、この人は」

王はウィルを見て、にっこりと笑った。

何がいいのかわからなかったが、ウィルはひとまず引きつった笑顔を返しておいた。

「そうだ、先ほどあなたが踊っていた令嬢、彼女はとても美しい。私もダンスを申し込んだら、一曲踊っていただけました。仮面舞踏会とはとても楽しいものですね。それに彼女は美しいだけでなく、とてもかわいらしい。今度是非、宮廷晩餐会に招待したいと思います」

「あら」

クローディアは急に機嫌が良くなった。

「王がそんなことをおっしゃるのはめずらしい。かしこまりました。私がすべて手配いたしますのでご心配なく」

ウィルは多少複雑な気持ちとなった。しかし、若い貴族の娘にとって、王に見初められるのはこの上なく幸せなことだ。ルーカスのいない今、これほど心強いことはない。それでも、胸の奥にもやもやが広がった。

「それでは私は捜査の進行状況を確認して参ります。近衛兵がこの部屋を警護しておりますので、ご安心ください」

そう言って、クローディアは足早に部屋を出ていった。

二人で取り残されたウィルは、自分も席を立とうとした。一人大広間にいるはずのローズもこの騒ぎの中、心細い思いをしているかもしれない。しかし王が口を開いた。

「今回のことはすべてあなたのおかげです。ご存じのように私はまだまだ未熟もので、皆の信頼も得られていない。先の女王、私の母のようになるまで程遠い。それゆえ、これからもこの国のためにあなたのお力をお借りしたい」

「それは……グランディス国の王室専属になれということか」

王は目を輝かせてうなずいた。しかし、ウィルは即座に首を振った。

「オレは誰の専属にもならない。自分の決めた仕事しかしない主義だ。それにオレみたいなならず者を、そう簡単に信用しない方が今後のためだぞ」

「いえ、あなたなら大丈夫です。……私はずっとあなたに会いたいと思っていました」

まっすぐに見つめる王がウィルには不可解だった。

「なんでオレのことを知っていたんだ?ルーカス・ガードナーから何か聞いていたのか」

「いえ、ガードナー氏は私にも大変良くしてくれましたが、彼の口から直接あなたの話を聞いたことはありません」

「じゃあ、レギナスの国王か」

「いえ。あなたがレギナス国王に会ったことがあるとは知りませんでした。……私は、あなたのことを母から聞きました」

「なに?アンジェラ女王から?」

ウィル自身まったく面識のない女王から自分のことが王に伝わっていたことが不思議だった。

「ええ。……そうですね、何からお話ししていいか……。これはクローディアにも言っていないことです。母から口止めされていましたから」

「それをオレに言っていいのか」

王は微笑んでうなずいた。

「あなたは、あの英雄グレンに育てられたそうですね」

「……ああ、そうだ」

今、王はグレンを英雄と呼んだ。ウィルはそのことに密かに感激した。グレンにも是非聞かせてやりたかった。

「先々代の王、私からすると伯父にあたりますが、彼の政治はひどいものでした。領土拡大にばかり目がいき、国民の暮らしには一度も目をむけたことがない。おのれの欲求を満たすためだけに、兵を徴収し続け、その命を石ころのように軽く考えていた。母が言っていました。あのままでは国は国民もろとも滅んでいたと」

グレンが義賊として活躍していた時代。どんなに庶民に金銀をばらまいても、どうしても手が足りず、各地で餓死する子供たちが増え続けていた。まさに暗黒の時代だった。

「英雄グレン。国民の間では、彼は伝説になりつつある。彼が、誰にも止められなくなった暴走する破壊王を止めてくれたのです。……自らの命と引き換えに」

ウィルは、ぐっと胸を詰まらせた。

そう、グレンは、この国や人々のことを思い、自らの掟を最後に破った。

13年前のあの日。グレンは様子がおかしかった。ウィルを見つめて微笑んでいたかと思うと、ぎゅっと抱きすくめられた。

「お前はお前の信じる道を行け」

そう告げると、ウィルの頭に手をのせて微笑み、そのまま出かけて行った。

ウィルはしばらく呆けていたが、胸騒ぎを感じて急いでグレンを馬で追いかけた。

グレンは、国の領地の端にある林で、馬を降りた。ウィルも馬を降りると、間をあけて後をつけて行った。尾行の仕方はグレンに教わったものだ。しかし、夕闇が迫り、徐々にグレンを見失いそうになってきた。ようやく林を抜け一安心と思ったところで、たくさんの明かりが現れた。ウィルは驚き歩を止めたが、よく見るとそれは軍隊の野営地だった。多くのテントが建てられていて、おいしそうな匂いが漂ってくる。食事の準備中なのだろう。

ウィルは空腹を感じながらも、必死でグレンを追いかけた。グレンはそのテントの群れの外側をひっそりと通り抜け、野営地から少し離れたひときわ大きなテントの前でその歩みを止めた。そこには煌々と明かりがともされており、グレンの苦悩の表情を映し出していた。

ウィルはすっかり暗くなった空の下、そばの大きな木に身をかがめて隠れた。グレンの様子が気になりながらも伺っていると、グレンはそのテントの警護をしている兵に何事かを告げた。兵は急いでテントの中に入って行った。

しばらくして、供をつれて出てきたのは、黒いひげを蓄え、不適な面構えをした大きな男だった。野営地だというのに、贅沢な衣を身にまとい、堂々とその姿をさらしている。後で知ったが、それが破壊王であった。

王が機嫌よく口を開いた。

「待っておったぞ、グレン。お前たち賊が我が兵に加われば、百人力というもの。今までの罪は約束どおりすべて水に流そう。我らとともに国のために戦い抜くのだ」

ウィルは驚いていた。男が何を言っているのか、理解できなかった。

「明日の朝には出陣だ。今宵はお前の仲間たちを休ませるがよい。ところでどこにいるのだ?万を超える賊たちは」

そのとき、黙っていたグレンがすいっと歩を進めて破壊王に近づいた。すばやい動きだった。その懐から光るものを取出し、王の胸へと飛び込んだ。

「ぐっ」

王がくぐもった声を出し、目を見開いた。側近の兵たちは一瞬事態をのみこめない様子で固まっていたが、グレンが王に片手でしがみつき、もう片方の手を王の体の中でグイッと動かして、王がふらつくと、ようやく事態を飲み込んだ。

「貴様!」

兵たちは剣を抜き、王にしがみついたままのグレンに切り付けた。

「!!」

ウィルはそのとき初めて何が起こったか理解した。グレンは血を大量に噴き出すも、身動きせず、王にくらいついていた。反射的に飛び出して行こうとしたとき、後ろからその手をつかまれ、羽交い絞めにされた。びくっとして振り向くと、そこにはボートランドがいて、その視線は同じようにグレンを見つめていた。

「な、」

ウィルが叫ぼうとすると、ボートランドはその口も押さえた。後ろから身動きできないほどきつくかかえられ、ウィルは反抗しようとしてもできず、その目だけかっと開いてグレンに向いていた。

グレンは、兵たちに何度も切り付けられていた。大量の赤い血はあたりや兵たちを染め、それでも、グレンは破壊王から離れようとしなかった。その手の光るものを深く深く王の体に押し込み続けている。

グレン!!

ウィルは泣きながら叫ぼうとしたが、口をふさがれできなかった。助けに行こうとしたが、その力はまだ弱く、ボートランドに抵抗することはまったくできなかった。

王とグレンは互いを支え合うように立ったまま、とうとうその動きを止め、そして崩れ落ちた。

「陛下!」

側近の兵たちは、グレンと王を引き離し、もう既に動かなくなったグレンにとどめの一撃を刺した。そして、王に駆け寄るとその動かぬ体を担ぎ上げ、野営地のテントの群れへと運んでいった。

ウィルは放心状態だった。目の前で起こったことが信じられず、無意識のうちに涙を流し続けていた。ボートランドはまだウィルを放してはくれなかった。

そのあと、夜の野営地はごった返した。

「王が死んだぞ!破壊王はこの世からいなくなった!」

そんな叫び声が聞こえてくるや、多くの兵たちはてんでんばらばらに逃げだした。もとより団結力などない、破壊王の恐怖によってのみ引率されていた、徴兵による寄せ集めの集団である。王の死を悼むものは誰もおらず、喜んでいるのではないかと思われる兵たちの足取りであった。

一晩中、その騒ぎは続き、夜も明けはじめたころ、ようやくあたりは静かになった。そのとき初めて、ボートランドはウィルから離れた。

ウィルはふらつく足で倒れているグレンに近づき、ひざまずいた。

厳しいけれど、とても優しく暖かかったグレン。まるで本当の父親のように、ウィルを叱り、表立った言葉はなくても、ウィルのことをとても愛してくれたグレン。

そのグレンが血まみれとなり、目の前で倒れている。暖かかったその手を触ると、とても冷たく、ウィルを現実へと引き戻した。

「グレン……なんでだよ。こんなところで何やってるんだよ……」

ウィルはグレンの顔を見つめた。その目は二度と開かれることはない。

「……くしょう……ちくしょう……。ちくしょう!!」

ウィルはグレンに覆いかぶさり、声を限りに泣いた。

自分がもっと強かったら。そうしたら、グレンを助けることができたのに。

ボートランドも側で立ち尽くしていたが、いつのまにかいなくなっていた。そんなことにも気づかずに、ウィルは朝の霞の中、大声をあげて泣き続けた。

その後、ルーカスに拾われるまで、ウィルは自分がどこで何をしていたのかよく覚えていない。グレンの遺体はルーカスによって丁重に葬られたと後で知った。

ウィルはそのときのことを思い返していた。ボートランドがいなければ、ウィルも確実に殺されていた。今にして思えば、それはおそらくグレンの望まないことだ。それが、グレンの手下として、ボートランドがした最後の仕事だったのだ。

アルバート王はウィルの気持ちが落ち着くのをしばらく待って、続けた。

「その英雄グレンに育てられたあなたです。信用しないわけがないではありませんか」

王は温かな微笑みをたたえた。

「それに……」

「それに、なんだ」

ウィルは鼻を少しすすってから聞き返した。

「私の母、先の女王は私の父と婚姻する前に、愛した方がいました。その方は由緒正しい家の貴族であり、とても優秀で見目麗しいお方だったそうです。破壊王の御世であったため、王はその座を奪われるのではないかと、恐れていました。破壊王は母方の父の、兄の息子でしたが、兄弟も子供もおりませんでしたので、次の王位継承権は母にあったのです。そのため、破壊王はその方の失脚を画策しました。その貴族の当主に濡れ衣を着せ、家を取り潰し、その母の愛した方をいわれのない罪を押しつけ殺してしまったのです」

「なんとひどい……」

そういうことが、たった一人の王の独断でできてしまう時代だった。

「本当に。そのときの母の気持ちを思うと胸が苦しくなります。そのとき、母はその方の子をはらんでいたのです」

「なに」

これはかなりのトップシークレットだった。世間に隠された王位継承者がどこかにいるということになる。

「母は極秘にその方の子を産みました。父親に似た大変かわいい男の子だったそうです。母は短い時間でしたがその赤ん坊を慈しみ愛しました。しかし、もしそれが破壊王に知られたら、その赤ん坊まで殺されてしまう。母は悩んだ末に、かつてより親交のあった、赤ん坊の父親の兄にその子を託すことにしました。その兄が、英雄グレンです」

「……」

ウィルは思考が止まった。王を見るとニコニコとこちらを見ている。

「……待ってくれ。ちょっと、意味がわからないんだが……」

「ですから……」

王は急に照れながら言った。

「兄上と呼んでもいいですか」

そのとき、クローディアが部屋に入ってきた。屋敷内の様子を報告に来たらしい。王は間の悪さに頬を膨らませたが、ウィルはそのタイミングに感謝した。慌てて席を立ち、「すまない、連れを待たせているので」と、その場からすたこらと逃げ出してしまった。

 

 

帰りの馬車の中、ローズとともに揺られながら、頭の中がぼんやりとしていた。そのため、王の突飛な発言について深く考えられない。考えたくないというのが本音だが。しかしこの妙な眠気はなんなのだろう。

「大丈夫?ウィル」

その様子を気にして、ローズがウィルを覗き込む。その瞳を見て、さきほどのことを思い出した。

王の部屋から逃げ出し、舞踏会をしていた大広間に行ってローズを見つけ出したとき、ローズは目に涙をためてウィルに駆け寄り、一目をはばからず抱きついてきた。

「良かった……無事で」

涙声でそう言い、しばらくウィルから離れなかった。どうやら、相当心配していたらしい。確かに屋敷中が不穏な空気に包まれて、ただごとはないと皆感じていたのだ。ウィルが当事者に含まれていることをわかっていたローズが心配するのも無理はない。

「ごめんな、すぐ迎えに来なくて」

「ううん、ウィルが無事なら、それでいいの」

そう言って、赤い目で可憐な笑顔を咲かせていた。

今、隣に座るローズをこんなに意識してしまうのは、きっと王がローズのことをなんだかんだ言ったせいだ。こんな年下はオレの好みではないはずだ、とウィルは自分に言い聞かせた。それでも、こうやってローズの隣にいるのは、なかなか落ち着くものだとも思っていた。そして再び睡魔がやってくる。昨晩は今日の準備のため一睡もしていないが、そんなことは日常茶飯事だ。一晩くらい眠らなくても、どうということはなかったのに、今日はやけに眠い。

ぼーっとした頭の中で、そういえば今日はくしゃみが一度もでなかったな、と思った。

ローズの薬は良く効くものだ……。いや、待てよ……、確かローズは、あの薬は眠気が強くなる場合があると言っていた。この眠気はそのせいか、とウィルはやっと納得した。

だが納得はしても、取り返しはつかず、徐々にこの睡魔にあらがえなくなってくる。既に半分夢の中にいるような心地だ。

どうせもう帰るだけだ。屋敷につくまでの間だけ、眠っても差し支えないだろう。……それにしても……ここは、なんて柔らかくて、居心地がいいのだろう……。

ウィルはいつのまにか、ローズの膝の上で、子供のように眠りこんでしまった。ローズは小さく笑ってから、静かな寝息をたてるウィルの頭を優しくなでた。そして暖かな笑顔を浮かべ、愛しげにウィルの寝顔を見つめていた。

 

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