My Robber Prince ~猫と恋泥棒~ 第17章

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「やはり美しいものを前にして飲む酒は格別だ」

デリンジャーは上機嫌で、グラスを掲げた。

「どうですかな?皆さま今宵の趣向は楽しんでいただけましたでしょうか」

客たちは最初、狐につままれたような顔をしていたが、新たな鑑賞物が現れると驚嘆の声をあげた。

「いや、これはすばらしい!」

「先ほどのものにも目を奪われましたが、こちらを前にしては霞んでしまいますな」

「いったいいくつの宝石がついているのか、小さいものも含めると数えるには相当な時間がかかりそうだ。しかも、この中央のダイヤ!この大きさのものを私は初めて見ました」

客たちは大いに感心して次々に褒め称えた。

「本物にお目にかかることができるとは光栄至極だ。レギナスの王冠は数々の伝説を生む程、その名を馳せていますからな」

デリンジャーは得意満面の笑みで答えた。

「私はずっとこれが欲しかった。夢にまで見ましたよ。ようやく手にすることができて、今はもう何もいらない気分です」

「何をおっしゃいますか。またすぐ別の虫が騒ぎ出すに決まってますぞ」

そこで笑いがおこった。デリンジャーの収集癖は終わりを知らないのを皆知っているのだ。

「しかし、いったいどうやって手に入れられたのですかな?是非お聞きしたいものだ」

客の一人が含み笑いをして尋ねた。

「ああ、それは、ここに控えているボートランドのおかげなのだよ」

デリンジャーは、静かに部屋の隅にいたボートランドを皆に紹介した。部屋に入ったときから、その人相の悪さに客たちは密かに怯えていたが、話を聞いて納得した。

「この男は恐れ知らずで、なんでも盗む。そのかわり報酬がバカ高いがな」

デリンジャーは不適に笑い、ボートランドに目配せした。

「しかし、先ほどの余興はなんだったのです?王冠の偽物を私たちに見せるなんて。すっかり騙されてしまったではないですか」

客たちは顔を見合わせてうなずいた。

「ああ、これは失礼いたしました。あれは餌ですよ。王室の犬へのね」

「な、なに!?王室が嗅ぎつけているのですか」

客たちは慌てふためき、顔を青くした。

「いや、心配はまったくいりません。あんなぼんくら王に何もできはしませんよ。王もその犬も本物を見たことがないのですから。今頃、犬が偽物をくわえ、尻尾を振って王宮へと向かっていることでしょう」

デリンジャーは楽しそうに続けた。

「そして王は、私の弱みを握ったと、ここぞとばかりに責めてくる。今難しい立場ですからね。しかし、切り札と思っていたものはレギナスの王冠ではない。そんなもので侮辱したとなると、私も黙っていません。王は返り討ちにあうでしょう。そこで、優しく手を差し伸べるのです。私の娘を妃に、とね」

「なるほど。そして、王室を裏から操る」

「この国の実権は握ったようなもの」

「いやはや、デリンジャー殿、悪知恵が働きますな。私たちはどこまでもお供いたしますぞ」

皆の歪んだ笑いが交錯する。ボートランドも、ウィルの大失態を思い、思わすほくそ笑んだ。

「そういうことか」

そのとき、どこからか声が聞こえた。皆、不思議そうにあたりを見回していると、続き部屋となっている隣の部屋のドアがゆっくりと開かれ、そこから人影が現れた。

ボートランドが、驚きのあまり腰を上げた。その表情はまるで、幽霊でも見たかのように引きつっている。

「ウィル!……おまえ、なぜここに」

マスクをつけたままのウィルが姿を現すと、皆は一様に驚き、うろたえた。

「今になってよく見てみると、みんな悪人づらをしているな」

ウィルは皆を見回し、そしてボートランドに目を留めた。

「それにボートランド。おまえにはすっかり騙された」

客たちはひるんだが、デリンジャーはまだ強気だった。

「ボートランド、こいつは誰だ!」

「……例の犬だ。なぜか舞い戻ってきたようだ」

「な、なに?」デリンジャーはそれでも威勢を失わない。

「おまえのような野良犬ごときに何ができる。こんなやつ、消してしまえば訳はない!」

そして、ボートランドに向かって叫んだ。

「やってしまえ!」

デリンジャーの言葉に、ボートランドは、少し考えてから、ゆっくりと懐に手を入れた。そして、銃を取り出すと、ウィルに銃口を向けた。

ウィルはじっとボートランドを見据えている。

「やれ!」

デリンジャーの合図にも、ボートランドは動じなかった。

ウィルとボートランドは二人、じっと目を見合わせにらみ合い、動かない。

「お、おい、何をやっているんだ。早くやってしまえ。さもないと私たちは身の破滅だ」

焦り始めるデリンジャーを無視し、ボートランドは、ふっと笑みをこぼした。そして、ゆっくりと銃を下げ、ウィルから視線をはずした。

「またオレの負けか」

「な、なに」

ボートランドは苦々しく笑い、開き直って顔を上げた。

「お前がドジを踏むところを見たかったんだがな。しかし、なぜ偽物だと分かった。あれだってたいした代物だぞ」

ウィルは固めていた体の緊張を解きほぐすと、言った。

「オレはレギナス王に謁見したことがある。そのときそこの王冠が王の頭上で輝いていた。また目にすることができるとはな」

そのときの依頼は人探しだった。納得のいく理由があったため引き受けたが、最終的には相当の危険を伴った。血気盛んなレギナス王は、感情のままに行動する人物で、それが災いして多くの困難をもたらしている。今回の件も、王冠が戻らなければ、本当にこのグランディスに攻め入る心づもりであることは、容易に想像できた。

ボートランドはくくっと笑い、あきれ顔になった。

「まったく見境無い。レギナス王室の仕事までしていたとは」

無視される格好となったデリンジャーがあたふたと怒号を浴びせ始めた。

「おい、ボートランド!高い報酬を払っているんだぞ!私の言うことを聞け!ええい、お前がやらないなら私が……」

そう言って、ボートランドの銃を奪おうとするも、ひょいっとかわされ空をつかんだ。

それを見て、ウィルが一喝した。

「じたばたしても遅いぞ。おまえたちにはもう未来はない」

デリンジャーはひるみながらも、強気な姿勢を崩さなかった。

「な、何を!あんなのろまでうつけの王に、大それたことができるわけがない!」

「誰がのろまでうつけだって?」

開かれたままの、隣の部屋のドアのうしろから声がした。みんなが一斉に目をやると、マスクをつけたままの、ぽっちゃりめの若い男と栗色の髪の女がゆっくりと現れ出た。

「誰だ、おまえたち!舞踏会の客とはいえ、勝手に部屋に入り込むとは!」

「ああ、それは失礼した。しかし、私の顔を見忘れたのかな。議会でいつも会っているのに」

「議会?」

若い男は緑のマスクに手をかけ、それを外すとゆっくりと顔を上げた。

「へ、陛下!」

デリンジャーは声を裏返し、さすがにおじけづき後ずさった。他の客たちは、驚きと恐怖で腰砕けとなっている。

「悪事は洗いざらい吐いたようだ。尋問する必要がなくなったな」

ウィルは王に向かって言った。

ウィルは、偽物を前にしたとき、ボートランドの裏切りを悟った。その後、新たな本当のお披露目会場をつきとめると、大広間に戻り、ダンスの最中に見つけたアルバート国王とクローディアを探して、隣の部屋に連れて来ていた。そして、デリンジャーの鼻高々な悪行の自白をすっかり聞いていたのだ。

王は大きくうなずいてから、デリンジャーたち貴族のほうを向いた。

「国の平和を乱す行為だ。決して許すことはできない。厳重に処罰するから、覚悟しておきなさい!」

王が、その様相からは想像のつかない恫喝をして、デリンジャーもへなへなと力なくその場にへたりこんだ。

そのとき、隅にいたボートランドが、一瞬のスキをついて、バルコニーへの扉をけ破り、外に飛び出した。

「待ちなさい!」

クローディアが後を追ったが、既にバルコニーの柵を乗り越え、その姿を消していた。

クローディアは、密かに屋敷を取り囲んでいた近衛兵たちに向かって、「盗賊が逃げたわ!捕まえなさい!」と頭上から叫んだ。

しかし、どこをどう探しても、ボートランドの姿を見つけることは、とうとうできなかったという。

 

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