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イコールライツ 第5章

第5章 リュカー3

 

そこは、足を踏み入れただけでおごそかな空気に包まれる場所だった。

ほんの少しの緊張と、人によっては安らぎを得られる場所。しかし、リュカにとって教会は、ちょっぴり居心地の悪いところだった。

静かにしていなくてはならない。神父さまのお話が長くても眠ってはいけない。窮屈で動きにくい、一般にいうきちんとした服をミサには着て行かなくてはならない。そういったことが、リュカを教会から遠ざける。

リュカの両親は、最初のうちは普通の家庭と同じように、リュカにも教会に通うことを勧めていたが、今では好きなようにさせてくれている。

しかし、リュカが教会を苦手とする一番の理由は、その両親にある。

教会に行くたびに、二人はそれぞれ手を合わせ、長い長いお祈りをしている。そして、いつも決まって、母親は目に涙を貯め、それを父親が慰める。いったい何を祈っているのか、何を悲しんでいるのか、聞いても「なんでもないのよ」としか答えてくれない。

いつもは明るい父と母。その二人が、教会では内なる悲しみを見せる。それを見るのはリュカにはとてもつらいことだった。

しかし、今日の教会はいつもと違った。ろうそくの明かりのみで薄暗かった聖堂は、多くの照明でとても明るい。いたるところに花が飾られ、りぼんでそれらがつながっている。集まっている人々もそれに呼応するかのように表情が明るいと思えたのはリュカの気のせいだろうか。

「なんだか結婚式を思い出すわね」

ミカは笑顔をほころばせて言った。それを見てリュカもうれしくなる。

「ああ、そうだな。あのときの君はとてもきれいだった。この世のものとは思えず、天使が舞い降りたのかと思ったものさ。今も変わらず美しい妻をめとることができて僕は本当に幸せものさ」

「いやだ、あなたったら」

父親のリックが、いつものようにミカを褒め称える。変わらぬ二人に、リュカはホッと胸をなでおろした。

にこにこしているリュカの頭に手をおいてリックが言った。

「今日は逃げずによく来たな。よほどサラが恐いとみえる」

「ち、違うよ。頼まれたからきてやっただけ」

リュカは強がって言ってみたが、さすがに父親はみすかしていて、ふふん、と笑っている。

「あ、あそこにロイおじさんとセリアおばさんがいるよ」

話を変えようとあたりを見回すと、祭壇の前の椅子に座っているサラの両親をちょうど見つけた。

「お、ほんとだ。そろそろ聖歌隊の出番だな。隣に行って座ろう」

横に座り、サラの両親といくつか会話を交わしていると、赤と白のガウンを着た聖歌隊が静かに入場してきた。聖堂の中のざわめきは一瞬で静まる。

サラは前列の目立つ場所にいた。こちらを見て笑顔となり目配せをしている。ロイおじさんが、相好を崩して手をめいっぱい振るのを、セリアおばさんが制止した。

崇高なオルガンの伴奏から始まり、聖歌隊の歌声が天井の高い聖堂のすみずみにまで響き渡る。いつもと違ったのは、その曲が次第に、明るく楽しいテンポの音楽になっていったことだった。

指揮者が振り返り、観客たちに手拍子を促した。それにつられて、一人また一人と手を打つ人が増え、ついには全員が手拍子とともに体を揺らしながら音楽のリズムを聖歌隊と一緒になって刻んでいる。

リュカはわくわくしていた。こんなに楽しいミサは初めてだった。かつて見た聖歌隊は、みんな無表情で静かな曲調の歌を歌っていたのに、今日の聖歌隊には笑顔があふれている。サラもとても楽しげだった。

浮き立つ雰囲気の中、一曲終わると、神父さまが祭壇の前に現れた。

「あの方は……」

ミカがリックに何事かささやいている。

だいぶ前、最後に教会にきたとき説教をしてくれた神父さまと違う人だとリュカは思った。白髪まじりの豊かな髪を好意的な形に整えている神父さまは、やわらかい笑顔を浮かべてみんなを見回し、話し始めた。

「先のフレデリック神父が高齢のため退任されたのを受けて、先日赴任したモーリスです。本日のミサは予定を変更しました。新しい救世主が早く現れることを祈る、というのも悪くはありませんが、そればかりではあまりにも神をせかすことになります。神もお忙しい御身ですからね」

そこで子供たちからは、くすくすと笑いが起きた。

「その前に私たちはまず感謝をしたいと思います。それは神に対してだけではなく、まわりの、あたりまえと思っていること一つ一つに感謝をするのです。隣にいる家族、隣人、自分を支えてくれるすべての人々、そして、さまざまな恵みをもたらす日の光。あって当然、ではないのです。それがあること、そのこと自体に感謝をしたいと思います。では隣の人に感謝の言葉を述べてください」

そう言われて、みな一瞬戸惑ったが、隣の人と顔を合わすうちに自然に笑顔が溢れだし、神父の言う感謝の気持ちが湧き起こってきた。

リュカは両隣にいる両親に照れることなく感謝の気持ちを伝えた。

「パパ、ママ。いつも僕を愛してくれてありがとう。僕もパパとママが大好きだよ」

「まあ、リュカ。あなたがいてくれて私がどれだけ救われていることか。私たちのところに生まれてきてくれて、本当にありがとう」

今日のミカはいつもとは違う涙を浮かべてリュカを抱きしめていた。

「ああ、そうだな。リュカがパパの子供で、パパはとても誇らしく幸せだ。ありがとう」

リックも、抱き合うリュカとミカをまるごと抱きしめた。

それからリックは、隣にいるサラの父ロイに向き、言葉はなくとも目で何かを訴え、力強くロイを抱きしめてからつぶやいた。「感謝している、ロイ」

「オレのほうこそ。お前が友であることに感謝しているよ」

聖歌隊の子供たちもそれぞれの家族のもとに向かい、抱きしめあった。

サラも駆け寄ってきて、ロイとセリアに抱きついた。

「パパ、ママ、愛してる。いつもありがとう」

「サラ、あなたは私たちのかわいい天使よ。いつも笑顔をくれるわ。本当にありがとう」

セリアが言った。

「パパもおまえたち二人を誰にも負けないくらい愛しているぞ。パパの家族でいてくれてありがとう」

ロイは大きな体でがばっと二人に抱きついた。

いたるところで感謝の言葉が響き、握手や抱擁が交わされる。教会があたたかい空気に包まれていた。飾り窓から入る太陽の光も皆を祝福しているようだ。リュカはその光にも感謝をした。

「みなさん。幸福とは感謝をする心から生まれます。それを是非忘れないでください」

聖歌隊の子供たちが一人一人戻ってきて、オルガンの演奏が始まった。

その曲は感謝の言葉に満ちたものだった。人々は立ち上がり、聖歌隊とともに歌った。リュカは今までとは違う教会の雰囲気にあたりを見回した。みな笑顔だ。そして、モーリス神父を見る。その笑顔はみなを包みこむ親身なものだった。初めて会った神父さまだったが、リュカはこの神父さまが好きになっていた。

 

 

大盛況のうちにミサが終わり、皆が少しばかり興奮ぎみに語り合っている中で、サラの母セリアが言った。

「あの神父さま、二人目の救世主の後見人だった方じゃないかしら」

「あ、やっぱりそうよね。私もどこかでお見かけしたと思ったの」

ミカも同意する。

「なるほど、そういえば子供のころ、テレビで見たかもしれない。その当時は今よりだいぶお若くていらしたが」

リックもうなずいた。

「ああ、そうか。どうりで見た顔だと思った」

ロイも納得した。

それを聞いていたサラが、少し困った顔をしたことに、リュカは気付いた。サラは、意を決したように、まだ聖堂に残って皆と話をしている神父さまのもとに駆け出した。

「サラ」

リュカが言うと、二人の両親もサラを目で追った。

モーリス神父は近づいてきたサラに気が付き、腰をかがめて言った。

「サラ、今日の聖歌隊はすばらしかったよ」

「あの、神父さま……」

サラはめずらしく口ごもりながらも続けた。

「神父さまは二人目の救世主のお世話をした人だったって本当ですか」

「ああ、そうだよ」

神父さまはにっこり笑って言った。

「あの……新しい救世主のこと、もし……もしも私が知っていたら、教えなきゃダメですか?」

「何を言っているんだ?サラ」

ロイが近づいてきて言った。

「どうしたんだい?サラ。すみません、モーリス神父。気にしないでやってください」

神父も最初驚いていたが、やがて笑顔となり言った。

「心配しなくてもいい。不思議なことに、その必要があれば必ず、救世主は私たちの前に現れる。きっと、まだそのときではないということだね」

サラは安心したように笑顔となり、「はい」と言って、みんなのもとに戻った。

救世主が必要なときってどんなときなんだろう?と、リュカはふと思った。

「どうしたのよ?サラ」

娘の不可解な言動にセリアが困惑気味に聞いた。

「ううん、なんでもないの」

そしてきょろきょろとあたりを見回し、「ねえ、あの絵とてもすてき。どこの絵なの?」と話題を変えようとするかのように言った。

思惑通りにみなの視線が絵に注がれる。

「あれはセントリーヌ島よ。一人目の救世主の生まれた島なの。今では聖地になっているわ」

ミカはそう言ってから、うっとりとした目で夫を見た。

「私たちの新婚旅行の場所でもあるのよね」

「ああ、そうだな」

セリアが羨ましそうに言った。

「私たちもそこが良かったんだけど、あそこ新婚旅行に人気があるから、ホテルが取れなくて断念したのよね」

「私たちは本当に運が良かったわ。とっても倍率の高い懸賞に当たったんだもの」

そういえば、リュカも聞いたことがあった。どこかの企業が30組限定で新婚旅行に招待する、という企画に当たったのだ。

「ビーチも美しかったけど、一番良かったのは、救世主の生まれた村の観光に行けたことね。ダイヤモンドダストのような不思議な光が降り注いだんですもの」

「ああ、あれは驚いたな。村の人々も、聖なる光に違いない、なんて騒いでいたっけ」

「ああ、うらやましい!きっと新婚の人たちに祝福の光が降りたのね。私たちもいつか必ず行かなきゃ。ねえ」

セリアが夫に言うと、ロイは難しい顔をして腕を組んでいた。

「どうしたの、あなた」

「いや……なあ、その旅行は全員新婚のカップルだったんだよな」

「あ、ああ、そうだが……」

「そうか……いや、盲点だった」

ロイの様子に、リックも表情を険しくした。

「まさか、あの共通点は……」

「まだわからないが……可能性はある」

両親たちの間に緊張が走った。リュカは何事かと心配になったが、サラはきらりと目を光らせた。

 

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