たのしい毎日を過ごしましょ!

イコールライツ 第4章

第4章 リュカー2

 

霧がうすく立ち込めている。すべてがおぼろげに見える。

ミカは、そんな見知らぬ街を歩いていた。

ここはどこかしら……?

そう思いながら、なぜか歩き続けている。

……どうして私、こんなところにいるの……?リックはどこに行ったのかしら……?

あたりを見回すが、夫はどこにもいない。まわりでは知らない人々が無表情に行きかっている。

きっと心配しているわね。あの人ったら、私が見えなくなると本当に慌てるんだから。

大丈夫よ。あたしはここ。おなかの赤ちゃんだって元気……。

ミカはいつものように大きなおなかを撫でようとした。しかし、手は空を切り、すとんと無情に落ちた。

ゆっくりと視線を下に向ける。大きかったおなかは風船がしぼんだかのようにすっかり消え去っていた。

ミカはまだぼんやりした頭で、ゆっくりとしぼんだおなかをまさぐった。次第にその動きは早くなり、来ていた服を煩わしげにおなかからまくりあげた。

目を見開き、頭を垂れて覗き込むと、そこには見覚えのない、横に長い縫合のあとがあった。

とたんに、その傷に小さな痛みを感じ、ミカは我に返った。

「赤ちゃんは……私の赤ちゃんは、どこ?……」

取り乱しながらあたりを見回す。だれもミカのことを気にせず、通り過ぎていく。

体の震えがとまらない。ミカは、両手でおなかを覆ったまま、その場にへたりこんだ。

そして、生まれて初めて、大きな悲鳴を上げた。

 

 

「ママ!ママ!」

ソファでうたたねをしていたミカの悲鳴を聞き、学校から帰ったばかりのリュカが慌てて部屋に駆け込んだ。

「ママ!大丈夫だよ、ママ!起きて!」

涙に濡れた母親の顔を小さな手で覆う。ミカが目を開くと、リュカは安堵の表情を浮かべた。

「もう大丈夫だよ。ママ。もう泣かないで」

ミカはリュカを見ると、息子の顔を両手で包み、再び涙を溢れさせ、リュカを抱きすくめた。

「ママ……。また、いつもの恐い夢を見たんだね。でももう大丈夫だよ」

リュカも、いつもミカにしてもらっているように、母親を抱きしめ、その背中を撫でた。ミカはときどきうなされる。いつも温厚な優しい母親も、そのあとばかりは取り乱し、不安定になる。それでも、いつのころからか、リュカの小さな手に包まれると、すぐに落ち着きを取り戻せるようになっていた。

「……ありがとう、リュカ。リュカにこうされていると、とても安心する。いつも、ごめんね」

ミカはリュカと体を離しその顔を見ると、涙をぬぐって母親の顔に戻った。

「ママったら、いつのまにか眠っちゃったのね。すぐおやつの用意するわ」

「もう平気?」

「ええ、リュカの顔を見ると元気百倍になるの」

ミカは笑顔となってキッチンに立って行った。

リュカは、母親がどんな夢にうなされているのか知らない。でもいつも同じ夢だろうということはなんとなくわかる。

いつも愛情いっぱいにリュカを包んでくれる優しい母親が、いったいどんなことに心を痛めているのか、リュカは気がかりだった。それでも、リュカには母親を抱きしめてあげることしかできない。そんな自分を歯がゆく思っていた。

開け放したままだった玄関ドアから、サラが顔を出した。

「こんにちは!リュカいますか?」

「あら、サラちゃん、どうぞ。ちょうどお茶にするところだったの。いっしょにチェリーパイはいかが?」

ミカの呼びかけにサラは瞳を輝かせて入ってきた。

「ミカおばさんのチェリーパイ大好き」

リュカも気をとりなおして、サラと一緒に食卓についた。

三人でチェリーパイをほおばりながら、リュカが言った。

「そうだ、サラ。僕になんか用?」

「あ、そうそう、忘れてた。あのね、あたし聖歌隊に入ったの。今度の日曜日、教会に聞きにきて」

「あら、素敵。サラちゃんは歌が上手だものね」

「まだ入ったばかりだからソロは歌わせてもらえないけど、そのうちきっと歌ってみせるからね」

サラは意気揚々と言った。

「そういえば、新しい救世主(メシア)は現れたのかしら?」

ミカはふと思い出して言った。

「いいえ、まだなの。今度のミサは新しい救世主(メシア)が早く現れるようお祈りする会になるんですって。病気を持った人たちもたくさん集まって一緒にお祈りするのよ」

そう言って、サラはちらりとリュカを見た。

視線を感じ、リュカはドキンとした。リュカがいつも、ミサをさぼって友達と遊んでいることをサラは知っている。次のミサはちゃんと行かないと後が恐いな、とリュカは思った。

「そう。二人目の救世主が亡くなってからだいぶたつものね。早く現れるといいわね」

この国で、救世主は多くの怪我や病気を治してきた。一人目の救世主は、世界を滅亡から救い、亡くなった。多くの奇跡を目の当たりにしてきた人々は、その後も救世主をうやまい崇め、この国では『神』へとその存在が昇華された。今では国教ともいうべき形で救世主への信仰が厚い。

そして、二人目の奇跡を起こす救世主が現れ、その逝去ののち、三人目の新しい救世主が現れることを人々は確信し、待ち続けている。

「そうだ、リュカ。この間の博物館の感想文書けた?」

「ううん、まだ……」

「そんなことだろうと思った。私が見てあげる」

「え?」

チェリーパイをすっかり平らげたサラは、さっさとリュカの部屋へ行くため階段に向かった。

「サラちゃん、頼もしいわ。お願いね」

「はーい」

にこやかに返事をするサラに、リュカは慌てて残りをほおばり、追いかけた。

部屋に入ると、リュカはさっそく聞いた。

「なんだよ、サラ。何を企んでるの?」

サラが宿題に手を貸したり教えてくれたりしたことなど、一度もなかった。隣に住むサラとは生まれた時から10年間一緒にいる。いつもと様子が違うとすぐわかる。

「企むなんて人聞きが悪いわね。ただ、ちょっとリュカに手伝って欲しいことがあるの」

ほくそ笑んでから、そのあと無理に困ったような顔を作る。

「やっぱりなあ。何?」

リュカは、あえて仕方なさそうに聞いた。

サラは他に誰もいない部屋できょろきょろとあたりを見回してから、小声で言った。

「あのね、うちのパパがね、ときどきお仕事がお休みの日も、署には内緒で何かの捜査をしているみたいなの」

「おじさんが?」

サラの父親ロイは警察官だった。

「妙にコソコソしてるの。何かあるってすぐわかるわ。それにママは、いつもパパの仕事についてはノータッチなんだけど、このことだけはパパがなんの捜査をしているか知っているみたいなの」

サラは腕を組んで続けた。

「出かける前日の夜、二人が真剣に話しているのをこっそり聞こうとしたんだけど、よく聞き取れなかった。でもリュカのパパとママの名前だけは聞こえたのよね」

「え?」

急に身近になった話に、リュカはびっくりした。

「きっとリックおじさんとミカおばさんにも関係のあることなのかも。リュカ何か知らない?」

「ううん、知らないよ」

リュカは慌てて首を横に振った。何か悪いことがあって、それが自分のせいにされそうになったような焦りを感じた。

「そう、やっぱり」

サラはリュカからの情報は当てにしていなかったようだ。

「それでね、いつになるかわからないけど今度パパがお休みの日に仕事って言って出かけるとき、こっそりついていってみようと思うの。リュカにも関係あるかもしれないから、一緒にきて」

「う、うん」

なんだかうまく丸め込まれているような気もするが、もし本当にリュカの両親が関わっているのなら、リュカとしても大いに気になる。そういうことなら一緒に行かない訳にはいかない。

それにしてもいったいロイおじさんは何を調べているんだろうか。

 

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