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My Robber Prince ~猫と恋泥棒~ 第3章

傾いた太陽の光が、すべてを柔らかくオレンジに包んでいる。

広大な中庭は、前庭と同じように、訳のわからない植物で覆われていたが、緑豊かな様子は変わりない。中庭に出て、ウィルは昔のことを思い出していた。

ここにきたばかりのころ、確か、あれは10歳くらいだっただろう。初めからルーカスはとてもよくしてくれたのだが、貴族の豪奢な屋敷になかなか慣れず、いつもこの中庭に逃げ出していた。ときどきは、どうしても思い出してしまう悲しい出来事に涙する場所としても。

そんなときそばに来て、まだ回らない口で一生懸命ウィルに話しかけようとする小さな女の子、それが、ロゼッティーヌだった。

「泣かないで、ウィル。ローズがついているからね」

そう言って、しゃがみ込んでいるウィルに背伸びをして頭を撫でてくれた。

彼女は既に母親を亡くしていた。きっと本人は、母の死というものをよくわかってはいなかったであろうが、ウィルは自分と同じように大切な人を亡くしているという同志のような感覚を持ち、その後も3歳の娘とよく遊んでやった。のちに、そのとき仕事の忙しかったルーカスが「あのときは助かった」と感謝していたほどだ。

それから5年間、ともに暮らした。まるで本当の家族のような日々だった。

とはいえ、この屋敷を出てから8年もたってしまった。

ウィルは、中庭でせっせと土を盛っている娘を見つけ、近づいて行った。

「ローズ」

面影は見て取れなかったが、過去の記憶が蘇ったことで懐かしく感じ、思わず昔の呼び名で呼んでいた。

ローズと呼ばれて、娘の背がびくっと動いた。

それからその背を向けたままゆっくりと立ち上がり、振り返った。

その表情は、分厚いメガネと夕日の逆光のせいでよくわからない。

「久しぶりだな。オレのこと覚えているか?」

ローズは、少し間をおいて、無言でうなずいた。

どうみても、会えるのを楽しみにしていたようには見えない。それに、本当にあのローズであるのかさえ、ウィルにはよくわからなかった。

何年も会っていなかったから仕方ないとはいえ、あまりにもローズには愛想がない。

「ルーカスおじさんの葬儀に間に合わなくて本当に残念だったよ。遅れて帰ってきて、墓参りだけさせてもらったよ」

2年前、病で倒れ、あっけなくこの世を去ってしまった恩人のルーカス。そのとき、この国から遠く離れた場所にいたウィルは、葬儀に間に合うことができなかった。本当に世話になった人であっただけに、その悲しみはしばらく癒えることはなかった。葬儀も済み、ローズが寄宿学校に戻ってしまってから、ようやく帰国できたため、バートに連れられ墓参りだけしたのだった。

「一人で大丈夫だったか?」

ローズは口を堅く結び、そっぽを向いてうなずいた。

昔と違い愛嬌を無くしてしまったかのようだ。ウィルは仕方なく本題に入った。

「なあ、ここで赤土を使っているか?確か肥料に交じっていたりするんだろう?」

急に変なことを聞かれたためか、ローズは驚いたように口を小さく開き、それから答えた。

「ここでは使っていません」

「そうか、この国ならどこで取れる?」

「ミラバー岳のふもとが産地です。赤土は煉瓦にも使われるので」

「なるほど」

この国では煉瓦といえばミラバー産の煉瓦だと聞いたことがある。しかし、聞いておいてなんだが、16歳の娘が即答できる内容ではない。ウィルは感心した。

そして、ふとローズのメガネの淵に土がついているのに気付いた。

「土がついているぞ」

「え?」

近づいて手を伸ばし、ふいにメガネをはずしてやった。

ローズはウィルの予想外の行動に驚き、そのまま動かなくなってしまった。

手で土を取り除いて気付いたが、このメガネには度が入っていないようだった。なんでこんなものを、と聞こうとして顔をあげ、初めてローズの素顔を間近で見ることとなった。

夕日のせいか、そのつややかな頬を赤く染め、戸惑ったように目を潤ませ、ウィルを見つめている。

……バートの言ったとおりだったか。

巻き毛は無造作に束ねられ、身なりも構わない様子ではあったが、その済んだ瞳がウィルをとらえて離さなかった。確かに、ローズは美しく成長していた。幼いころよりも一層、亡くなった母親に似てきている。もっと身なりに気を使えば、さらに引き立つにちがいない。至近距離で見つめあう形となり、ローズは恥ずかしそうに視線を外し、ウィルからメガネを奪うと、慌てて身に着けた。

「なんでこんなものつけているんだ?」

ウィルも我に返り、聞いた。

「……騒がしいから」

「ん?」

答えの意味がわからず、ウィルは戸惑ったが、ローズはそれ以上言う気はないように別の方向を向いてしまった。

ウィルは諦めて「ありがとな」と手を挙げ立ち去ろうとすると、ローズが慌ててこちらを向き、ウィルの服の裾をつかんだ。

「お?」

ウィルが振り返ると、ローズは「あ、いえっ」と恥ずかしそうにぱっと手を放した。それから所在無げにもじもじし、上目使いでウィルを一瞬みると赤い顔になり、屋敷の中へと駆けて行ってしまった。

「うーん」

長い年月を埋めるのは難しいらしい。ウィルは腕組みをしてうなった。

 

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