My Robber Prince ~猫と恋泥棒~ 第4章

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その夜は、薄い雲が月を覆うおぼろ月夜だった。

屋敷を囲む大きな森から、堂々と姿を現し、慣れた手つきで、塀をよじ登る影が、ほくそ笑む。

「こんなに楽な仕事はねえや」

いつもと同じ足場につま先をかけ、やすやすと塀を乗り越え、敷地内に飛び降りた。

よく手入れされているとは言い難い、広大な前庭を走り抜け、念のため、屋敷の陰に身をひそめる。

一応、あたりをきょろきょろと見渡してから、『道』ができてしまっている壁に手をかけた。

「まったくいい話を聞いたもんだ。もうしばらくは、世話になるぜ」

屋敷の壁に絡んだ蔦をロープ代わりに、右足、左足と、手順通りに足を運ぶ。もうすぐ石造りのテラスに到着、というときに、予想外の力に襟をつかまれ、ぐいっと引き上げられた。

「うわっ」

そのままテラスに転がされ、弱い月明かりの中で、上下の区別がつくまでしばらくかかった。

「おまえら、バカの一つ覚えだな」

ウィルはテラスに転がっている若い泥棒を見下ろし、あきれた声をかけた。日が沈む前に、屋敷の周辺を見て回り、泥棒の忍び込むルートは把握済みだったとはいえ、あまりにもお粗末すぎる。

泥棒は頭を振ってから、ようやく顔を上げた。

「誰だ、お前?独り占めする気か?」

うわずった声で、精一杯の虚勢を張っている。

ウィルはむっとして答えた。

「同業者に見えるのか。……まあ、当たらずも遠からずだが、お前らと一緒にするな」

ウィルは憤慨しながらも、気をとりなおして言った。

「まあいい。一応聞くが、お前、この廊下の先に入ったことはあるか?」

「あるわけないだろう。この先の錠は誰が試しても開かなかったんだからな」

泥棒は、ウィルをすっかり同業者と思い込んだようで、気安く言った。

「鉢合わせちまったもんは仕方ないから、今夜は山分けといこうぜ」

そう言っていやらしく笑い、中に入ろうとしたので、ウィルはすっと足を出した。

「うおっ」

泥棒は見事につんのめり、壁にぶちあたった。

「何しやがる!こっちが下でに出てりゃあ、つけあがりやがって!独り占めはさせねえぞ」

片手でぶつけた頭をおさえながら、もう片方の手で懐からナイフを取り出した。

「またか。怪我するぞ」

ウィルがやれやれといった顔をしていると、逆上した泥棒は、ナイフを持ったまま向かってきた。それをひょいとかわして、すれ違いざまにナイフを叩き落とし、泥棒の背ごしに、首元に腕をまわして締め上げた。

「ぐっ」

ウィルは極力低い声で言った。

「よく聞け。今日からここにはオレがいる。今度この屋敷に入ったら、生きて朝日は拝めないと思え」

腕に力を入れると、泥棒はくぐもった音をのどで鳴らし目を見開いた。

ウィルが腕をはずして開放してやると、泥棒は床に四つん這いになってげほげほとせき込んだ。そしてすぐに恐怖にゆがんだ顔でウィルを見上げ、悲鳴をあげながら後方にあとずさり、テラスの塀を乗り越えて、この場から逃げだした。

ウィルはその頭上から、「みんなにも言っとけよ」と声をかけたが、それに驚き、泥棒は足を滑らせて、壁の途中で、地面に落ちた。

「おいおい、大丈夫か?」

テラスから見下ろすと、泥棒は足を引きずりながらも、一目散に逃げて行くところだった。

 

 

翌日ウィルは、馬を一頭バートから借りて鞍をつけ、前庭まで引いていくと、草むしりをしていたローズが血相を変えて駆け寄ってきた。

「行ってしまうの!?」

「あ、いや」

ウィルをまっすぐに見つめ、その目はみるみる涙でうるんでいく。

勢いに驚きながらもウィルが、アレスの町に行くだけだと言うと、ローズは大きく息をはき安堵の表情を浮かべた。

「良かった」

笑顔を浮かべてから、はっとして思い出したように仏頂面になり「気をつけて」とぼそっと言った。

「ああ……じゃあな」

どうやら嫌われてはいないようだ。馬にまたがり駆け出しながら、ウィルは思った。

そういえば、この屋敷を出るときも8歳のローズはああやって駆け寄ってきた。そしてボロボロと涙をこぼし「すぐに会いに来てね。何回もローズに会いに来てね」と繰り返し言っていた。それから8年、ローズに会っていなかった。

それを怒っているのか?……いや、まさかな。昔のことなど忘れているだろう。

それにしても帰ってきて初めて笑顔を見たと思った。その瞳は昔と変わらずひたむきで、その笑顔は人をとりこにする。分厚いメガネで隠しておくのはあまりにももったいない。

……だが、あまり人前にさらすのも、兄のような心持ちでいるウィルとしては、良い気持ちがしないことに気が付いた。

「まあ、あのままでいいか」とウィルは馬上でつぶやいた。

 

 

都にほど近いアレスの町は、小さいが活気のあるところだ。ウィルは心当たりのある骨董品店や質屋、時計屋などを数軒回ったが、探しているものは見つからず、それを売りに来たという情報も得られなかった。この町のそれらの店は出所を詳しく詮索しないため、泥棒稼業連中の御用達だったのだが。

……やはりチンピラの線は消えつつあるか。

とはいえ、あの懐中時計を『鍵』だと知って盗んだとはどうにも考えにくい。

歩きながら考えを巡らし、路地裏に入った。石造りの家と家の間の薄暗い空間で、乱れた並びの石畳みの上を歩いていくと、見慣れた木の看板が道の上に飛び出し、プラプラと弱い風に揺れているのが見えてきた。近づくにつれ、騒がしい声が店から漏れてくる。

「相変わらず繁盛しているな」

木戸を押して中に入ると、まだ日が高いというのに機嫌よく酒を酌み交わす人々で溢れていた。

「ウィル!」

酒を運んでいた男がウィルを見つけ叫んだ。

「ひさしぶりじゃないか!いつ戻ってきたんだ?」

懐かしい顔をほころばせた友が、ウィルの肩を抱き、空いている席へといざなった。

「トーマス、景気よさそうだな。忙しいところ悪いが、ちょっといいか?」

「お前のためなら、いつだって時間をつくるぜ」

若いながらもこの店を夫婦で切り盛りしているトーマスは、うれしそうに向かいの席に座り、奥に向かって叫んだ。

「ジンを2杯持ってきてくれ!」

「昼間から酒か」

ウィルは苦笑したが、ここはそういう店だ。

「で、今は何を狙っているんだ?」

トーマスは好奇心に満ちた顔でウィルに向き直った。

「いや、今はバートに頼まれて、盗まれたものを探しているところさ」

「ああ、ガードナー家か。あそこが大放出セール中なのは、この世界では有名だからな。調子にのったチンピラ連中がわんさか押し寄せているだろう」

おもしろそうに言うトーマスに、ウィルはあからさまに不快な顔をした。

「わかっているならなんとかしろ」

「無理言うな。今のオレはただの情報屋だ。それに、あの屋敷でチンピラなんかに盗めるものはたかが知れているだろう?」

ウィルは声をおとした。

「それがその1点だけはそうでもないんだ。見た目はシンプルな懐中時計なんだがな」

「ほう、どんな物だ?」

ウィルは詳しく説明した。

「ふうん、ガードナー家の懐中時計か。よし、わかった。情報が入ったら知らせるよ。しかし、お前を呼んで探させるくらい大切なものを、あの屋敷から盗めるチンピラ盗賊がいるとはな。古参の連中は今でもあの家には手出ししないはずだから」

「……ボートランドもか?」

ウィルはさらに声を低くして言った。

「ああ、もちろんだ。昔の掟はとうに破られて好き放題やっているが、奴はガードナー家には手を出していない。手下どもがよくうちに来てぼやいているからな」

「ほう」

「今では大悪党になっちまったボートランドも、義理にはあついんだろう。頭(かしら)とガードナー家の主人が懇意だったっていうのは、この世界ではみな知っていたことだからな。あの屋敷に手を出さないってのは、ある意味、奴らにとっての頭の影響力はまだ大きいってことなんだろう。なにせ盗賊の神様みたいな人だったからなあ」

ウィルはうなずいた。

破壊王が治める、かつてのグランディス大国には兵役義務があった。莫大な免除金を払えない農村の人々や貧しい庶民は泣く泣く戦場に出て行った。しかし、不満は徐々に高まり、兵役義務から逃れるために故郷を捨てるものたちが相次いだ。それらの人々は生きるために盗賊となるよりほかなかった。各地で盗賊集団が現れ、国内も無法地帯と化してきたとき、それらならず者たちを秀でた統率力を持ってまとめたのが頭(かしら)と呼ばれたグレンである。

グレンが率いた盗賊たちは、秩序ある厳しい掟を強いて暗躍した。殺生はしない、貧しいものからは奪わない、私腹を肥やす悪党の金持ちだけを狙う、得たものは貧しい人々に分け与える、などである。

グレンたちはいつしか義賊と呼ばれ、農民たちや貧しい人々にうやまわれ、ときにはかくまわれることさえあった。

みなしごだったウィルは、そのグレンに育てられた。厳しく、そして優しいグレンに多くを教わり、多くを学んだ。今でもウィルの根底にあるものは、グレンが定めた厳格な掟だ。誰もそれを守るものがいなくなった今でも、畏敬の念を込めて、ウィルは遵守している。

グレンが亡くなってはや13年。アンジェラ女王によって建て直され安定した国内では、もはや義賊は必要なく、今や人々は自分自身の力で生きる糧を得ることができるようになった。

グレン亡き今、かつて仲間だった盗賊たちの間では、グレンの掟は過去の遺物と化し、好き勝手に動いている。それでも、かつての仲間たちはガードナー家にだけは手をださないのが暗黙のルールのようになっていた。

「そういえば、ボートランドの奴はまだ頭(かしら)のお宝を探しているらしいぜ。まったく執念深いよ。あるかどうかもわからないっていうのに」

「……まったくだな」

消えつつある掟とは逆に、頭には隠された巨額の宝があったのではないかという話がまことしやかに語られるようになってきているのはウィルも知っていた。

「ボートランドか。……昔はただただ怖かったよなあ」

そう言ってトーマスは身震いしてみせ、二人は笑いあった。

少年だった頃、父親が盗賊稼業だったトーマスと二人、ボートランドによく使いっぱしりをやらされたものだ。

「そういや、最近ボートランドも外国の物に手を出しているらしい。レギナスっていう国だそうだが、何をしてきたのやら。まあ、とにかく、あのガードナー家に入るのは、恐れを知らない売出し中の新人だけさ。それは請け合う」

「そうか」

ウィルは腕を組んで考え込んだ。

古参の盗賊は手出しをしていない。ということは、ガードナー家の厳重な錠をやぶるチンピラ盗賊がいるということか。

そのとき、二人の間のテーブル上に大きな腹がせり出した。

「あら、ウィルじゃないの。ますますいい男になって」

その腹の主、トーマスの女房がジンのグラスを置きながらウィルの顔を覗き込んだ。

「お!クレア、なんだ、その腹は」

驚いたウィルが目を丸くしてクレアの腹を見つめた。

「もうすぐ生まれるのよ」

柔らかな笑顔でクレアは自分のおなかをなでた。そこへ他の客の呼ぶ声がし、「あら、また後でね。ゆっくりしていって」とウィンクして去って行った。

ウィルはポカンとその背を見送ってから、トーマスに視線をうつした。

トーマスは照れながら幸せそうに頭をかいている。

「おい、トーマス、やったな、おめでとう!」

ウィルは両手を数回たたき、友の偉業をたたえた。

「赤ん坊の顔が早くみたいな。オレがこの国にいる間に生まれるといいが」

それを聞いてトーマスは笑顔を消した。

「お前もそろそろここに腰を落ち着けたらどうだ。前から言ってるようにオレと組もうぜ」

「それもおもしろそうだが、オレは自由な暮らしが好きなんだ」

ウィルがさらりと言うと、トーマスは「ちぇっ」と残念そうな顔をした。

そのとき、足元に違和感を覚え、反射的にウィルは背筋を伸ばした。

にゃあ、という例の鳴き声まで聞こえる。

そして、ウィルは大きなくしゃみをひとつ。

トーマスは顔をしかめてから、笑った。

「あいかわらずその猫アレルギーは治ってないんだな」

「アレルギーがそう簡単になおるか。しかし、こんなところにまでこいつらは顔パスか」

ウィルの不平をものともせず、トーマスは平然と言う。

「この国では猫さまさまだからな。それにほら、こんなにかわいいじゃないか」

机の下に手を伸ばし、猫とじゃれているトーマスには見向きもせず、ウィルはジンをぐいっと飲み干した。

「じゃあ、また来るよ」

そう言って立ち上がるウィルに、トーマスは慌てて言った。

「おいおい、せっかく来たんだから、もう少しゆっくりしていけよ」

「ああ、また今度な」

背中越しに手を振り店を出て、日の当たる大通りまで歩いた。

残る手がかりは赤土だった。しかし、赤土の産地であるミラバー岳に行くには遠出となるため、明日にするか、と考えていたところ、前方から10歳くらいの少年が歩いてくるのが目に入った。

人通りの多いこの大通りで、その少年に目が留まったのは、その行動があまりにも不審だったからだ。上目使いできょろきょろとあたりを盗み見し、『物色』をしている。

「わかりやすいやつ」

苦笑しながらも様子をうかがっていると、案の定、その少年はすれ違いざまの大人の男に軽くぶつかっていった。

「あ、ごめんよ」

そう言いながら、その手はすばやく男のポケットから物(ぶつ)を抜き取った。

「ほう」

子供にしては器用なその動きに、相手の男もまったく気づいておらず、ウィルも感心した。

少年はほくそ笑みながら、こちらに歩いてきた。そして、ウィルを見てどうやら次の獲物と定めたらしかった。

軽く駆けながら近づいてきて、自然をよそおってぶつかってくる。そして、ポケットに手が伸びたところで、ウィルはその手をぐっとつかんだ。

驚いた少年が目を見開いてウィルを見上げた。

「なかなかいい手さばきだが、オレに挑もうなんて100万年はやいな」

「くっ」

少年はウィルの手を振り払い、間をとった。

「お前、何者だ!役人か!」

精一杯、威勢のいいふりをしている少年がおかしかったが、ウィルはなんとか笑いをこらえ、さっき少年がすった物を掲げた。

「あ!」

少年は慌てて自分のポケットをまさぐり、それから悔しそうにウィルを睨んだ。

「ちくしょう。いつのまに……」

「いいか、少年。狙うのは悪党の金持ちにしろ」

グレンが定めた掟の一つだ。

「じゃあな」

手をあげ、そのまま立ち去るウィルを少年はひたすら睨み続けていた。

しかし、ウィルが通りの先で、さっき少年がすった相手の、男のポケットに物を戻しているのを見て、少年はぽかんと口を開けた。

そのあまりにも華麗な手さばきに見とれたのだ。ぶつかるという衝撃を与えることもなく、普通の人には見えないだろうという俊敏な手の動きで、その動作には淀みがない。

「すげえ……」

少年は思わずそうつぶやいていた。

 

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