Sky Wish ~ムクの浮島~ 第8章

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第8章

 

それから、いくつかの季節が過ぎていた。

抜けるような青空のもと、まぶしい光が降り注ぐラーザの港に帰港するため、グース号は着陸準備を整えていた。

トニーは懐かしそうに港を見下ろすと、席に座りなおし、「アリウム放出」と告げた。

「アリウム放出」

リクは復唱して、手元の機器を操作する。もう手馴れたものだ。あれから2年。毎回のように着陸の操縦を繰り返したリクは、誰よりもうまく着陸ができるようになっていた。今回も着陸を難なく終え、リクも操舵室のガラス越しに愛着のあるラーザの港を見下ろした。やはりここは、帰ってきた、という気持ちになるところだ。

アルたちが船を降りてからこれが3度目の帰港だ。1度目は、リクに気をつかってか、その4ヶ月後に異例の早い帰港をし、新しいメンバーも全員一緒にアルの家で楽しい食事会が行われた。ショーンの、アリシアに対するリスペクトぶりはとどまるところを知らず、みんなを大いに笑わせた。

2度目の帰港では、畑がだいぶ耕されていて、ほんの一部に緑の小さな芽吹きが見られ、アリシアが楽しそうにそれを自慢していた。

今回はそれからだいぶ間があいてしまったため、丘の上の家に帰るのが本当に楽しみだった。

畑はどんな風になっているだろう?収穫物はあるのだろうか?みんな元気にしているかなと、考えるだけでわくわくしてくる。

ラーザでの荷おろしを終え、仲買人との交渉が終わりひと段落つくと、グレッグがみんなに声をかけた。

「よし、あさっての入荷まで解散だ。遅れるなよ」

目当ての物の入荷次第で、出発も早まるのだが、今回はだいぶ時間があることにみな喜んだ。

「では皆さん、お先に」

不釣合いのようでいて、そのバランスがとても良いマーズとショーンが、寄り添いながら帰っていくのを、みんなはほほえましく見送った。

トニーも、「明日寄るから、よろしく伝えといて」と言って、実家へと帰っていった。

「船長も一緒に行こうよ」

リクが声をかけた。アルが船にいたときは、ラーザに帰港しても皆でずっと船にいたものだが、今はリクにも帰る場所があった。昔、実家に帰っていくトニーをなんとなくうらやましく感じたことを思い出した。

「私はまだ仕事がある。家族水入らずで楽しんでこい」

グレッグはちらりとリクを見て手をあげた。

船長も家族同然なのにな。リクはそう思ったがそれ以上は言わず、ルルを厩舎からつれてきて鞍をつけた。

グレッグはこの年まで結婚もせず、本当の家族を作っていない。以前アルが、「船長は、昔振られた彼女のことが忘れられないのさ。オレがこの船に来た当時、振られたばかりの船長をよくなぐさめてやったもんさ」と冗談っぽく言っていたのをふと思い出した。

リクは、鞍にまたがると、「いってきます」と言って上空へと飛び立った。

 

 

浮島ラーザはその8割を農地が占め、商店は港近辺の一部にあるだけののどかな農村島だ。それでも朝市がたつと、近隣の浮島からも人々がやってきて、賑わいをみせる。

そのとき以外の島の時間は、とてもゆっくりと流れていくように感じる。

今の季節、上空から見るラーザは、地平線まで鮮やかな緑で溢れ、胸いっぱいに吸い込んだくさいきれの空気は、体中を浄化してくれるようだ。リクはこの上空から見るラーザの光景がたまらなく好きになった。季節ごとにいろどりを変え、その放つ香りまでもが違っている。アルたちが船を降りるまでは知らなかったことだ。

帰る場所があるということは、こういった自然の変化までも気づかせてくれるのだとリクは感じていた。

馬車と違い、ムクではひとっとびで家に帰りつくことができる。丘の上の小さな家が近づいてくると、その周りの草原だった場所が、今では畑だと認識できるほどに手入れをされていることがよくわかった。そのままルルから下を覗きこんでいると、家の前に手を振っている人影が見えてきた。アリシアのはずだが、今日はそのシルエットがいつもと違っていたため、母親のミナかと思ってしまった。

ゆっくりとルルを着地させると、駆け寄ってきたアリシアは、いつものように満面の笑顔で迎えてくれた。

「おかえり!リク」

「た、ただいま……」

リクは一瞬、目をしばたかせた。

アリシアだけど……なんか、感じが違う……。

栗色の髪は胸のあたりまで伸び、背も少し高くなった気がする。それに、前回会ったときのアリシアは、つなぎのズボンに髪は一つに束ねて男の子のような動きやすい恰好をしていたのに、今日は、街の子が着ている様ないかにも女の子、という恰好をしていた。

リクが戸惑いながらルルから降りると、家の中からにこにこと笑うアルとミナが出てきた。

「おかえり、リク。お前、また背が伸びたなあ」

アルは、リクのつま先から頭のてっぺんまでを眺めて言った。

「もう少しでお父さんを追い抜きそうね」

ミナは夫と見比べて、頼もしそうに微笑んだ。

「ほんとだ!でも、私も身長伸びたんだよ」

アリシアは横に並び、自分の背と比べている。中身はいつものアリシアで、リクは少しほっとしていた。

「もう少しで夕飯だ。母さんがご馳走を作ってくれているぞ」

「私も手伝ったんだから」

アルの言葉に訂正を求めて、アリシアはアルの腕をポンと叩いた。

「あとはいいから、リクに畑を見せてあげて。夕飯ができたら呼びにいくわ」

ミナが言うと、アリシアは顔を輝かせてうなずいた。

「うん!早くリクにいろいろ見せたかったの。こっちこっち!」

弾かれたように畑に向かって走りだしたアリシアは、やっぱりいつものアリシアだった。

リクが苦笑していると、ミナが顔を近づけてきた。

「アリシア、だいぶ女の子らしくなったでしょ?」

ミナは、どう?という顔をしている。

「でも中身は変わってないね」

照れ隠しでそう言うと、ミナは笑った。

「けっこうこの辺りでモテるのよ。リク、ぼやぼやしてたらダメよ」

「ぼやぼやって……」

いたずらっぽく笑うミナに、リクはおおいに困ってしまった。

 

 

「ここがジャガイモね。秋にはたっくさんのジャガイモ堀りができるの。去年はこんなにおっきいのが出てきたんだから」

アリシアは目を見開いて両手を丸く形作った。

「あっちはとうもろこしなんだけど、去年はダメだったの。サイおじさんも、とうもろこしは難しいから気長にやれって言ってた」

そう言って残念そうな顔をする。

「あ、これは苺!真っ赤ですごく甘いのができたんだよ。もう、ほんとリクに食べさせたかった!」

ぱっと顔を輝かせたかと思うと、悔しそうに顔をゆがませる。

一生懸命話すアリシアの百面相を見ながら、リクは興味深く聞いていた。

たくさんの作物。多くの努力。そして、その結果である大きな喜び。アリシアたちのラーザでの生活がこうして実を結んで作物となっていく。すごいことだと思った。この広大な畑が、両親とアリシアの生き様をあらわしているのだ。

日が傾きはじめ、オレンジに染まる空のもと、リクは畑を見渡して、それから、アリシアを見た。

「みんな、すごいな」

ポツリと言うリクを見て、アリシアは首をかしげた。

「すごい、のかな。でも、ただ、毎日楽しくておもしろいのは確か」

アリシアは目をきらきらさせて笑顔でそう言ったが、「でも」と言って、目を逸らした。

「リクと離れているのが、こんなにツライとは思わなかった」

へへっと笑ってリクを見て、また目を逸らす。

それから、アリシアは意を決したように顔を上げて、真剣な顔でリクを正面から見た。

「ときどきとても心配になるの。あのぼろぼろの飛行船が落ちたらどうしようとか、飛んでいるときにルルの具合が悪くなって雲の下に落ちたらどうしようとか、……他の島の素敵な女の人を好きになっちゃったら、どうしよう……とか……」

最後の方は声が小さくなっていた。

リクは、ミナの言うとおりだと思った。子供だったアリシアが女の子になった気がした。いつも素直で強引だったアリシアが恥ずかしそうに顔を赤くしている。

「ぼろぼろの船って、おまえなあ。船長が聞いたら怒るぞ」

リクは、確かにそうだけれども、と付け加えて笑った。

「あのねえ、リク。……ずっと先でいいんだけど、……あたしをリクのお嫁さんにしてくれる?」

昔のアリシアは、「なる」と決め付けていたのに、今のアリシアは了解を得ようとしている。それがアリシアの成長の証であることを実感し、それでもやはり、少し強引なアリシアがリクにはおかしかった。

リクも、両親とアリシアが船から降りたことによる空虚感は並大抵のものではなかった。だから、アリシアにそう言ってもらえるのはとてもうれしいことだった。

「しょうがないなあ。……いつか、な」

照れながらもボソっとそう言うと、不安そうにリクを見つめるアリシアの目がぱっと輝いた。

「本当!?約束だよ。絶対だよ!」

アリシアは念を押してから、飛び上がって喜んでいた。こんな口約束だけでも、小さな不安の芽を摘むことができるのだ。

暖かい家族が囲む食卓の待つ丘の上から、アルの二人を呼ぶ声が聞こえた。

「夕飯だね」

ほんのり赤い顔のまま、アリシアは手を伸ばしてリクの手を握った。そしてにっこりと笑うと、その手を引いて立ち上がった。リクもなんとなく照れながら、一緒に立ち上がり、二人は笑顔で目を見合わせると、家へと駆けだした。

 

 

夕飯のテーブルは色とりどりの野菜料理で埋め尽くされた。アリシアがひとつずつ収穫物の説明をしてくれる。それでも、まだまだ農業が軌道に乗ったとは言えないらしく、半分はサイおじさんからのもらい物ということだった。

「野菜によって育て方が違うからね。本当に毎日勉強だから、大変だよ」

そう言いながらも、アルは充実した日々を送っているようで、生き生きとしていた。

ひさしぶりの母親の料理に舌鼓を打ちながら、リクはグース号の近況を報告した。

「……そうそう、それから、以前ここにきたマーズさんとショーンさん覚えてる?なんと、あの二人結婚することになったんだ」

一同から驚きの声があがった。

「あの、アリシアに相当入れ込んでた人よね」

ミナが思い出し笑いをした。

「妙にあの二人気があったみたいで、そういうことになったらしい。今日はお互いの家族に報告に言ってるよ」

「船で明るい話題が出るのはいいことだ」

「先をこされたね、リク」

いたずらっこのように笑って言うアリシアに、リクは焦って両親の顔を見ると、二人とも「へえー」と言いながらにやにやとしていた。

 

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