Sky Wish ~ムクの浮島~ 第7章

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第7章

 

次の目的地はグース号の母港としている浮島ラーザだ。リクは、緑の多いのどかなこの島が大好きだったが、今回の帰港だけは少しばかり気が重かった。

アルとミナは少しずつ荷物をまとめはじめていた。長年住んだこの船の私物を整理するだけでも大変な作業だ。ミナは、この船に残るリクのものと、自分たちのものを分ける作業がなによりも大変だと、寂しげに笑った。

浮島ラーザはいつもと変わりなく、穏やかな日差しを浴びて、グース号をやさしく迎え入れてくれた。着陸のときまで、トニーは妙に明るく振舞っていた。しかし、いざ着陸してアルたちの荷物を馬車に詰め込む作業が終了すると、こらえきれずにぐすぐすと泣き出した。

「アルさん、ほんっとお世話になりましたっ!」

抱きついてくるトニーをなだめながら、アルも目に涙を溜めた。

「今生の別れってわけじゃないんだから、そのうち農業が軌道にのったら、グース号とも取引してもらうつもりだし」

トニーはうなずきながらも、アルから離れて袖で涙をぬぐっている。

「うちは極上品しか扱わないからな。心してかかれよ」

グレッグの言葉に、アルは背筋をのばした。

「船長。散々世話になっておきながら、勝手言ってすみません」

アルはミナともども深くお辞儀をした。

「おまえの人生だ。どう生きるかはおまえらが決めていい。それに、おまえは立派な船乗りを一人育てあげた。それだけで充分だよ」

そう言ってグレッグは、前方で荷車につながれた馬の世話をしているリクを見た。アリシアも一緒に馬に話しかけている。アルは微笑んでうなずいた。

「リクのこと、よろしくお願いします」

アルとミナは、グレッグとトニーに向かって再び深々と頭をさげた。

怪我がすっかり治ったリクは、アルたちがこれから生活をする、亡くなった祖父母の家までみんなを送っていくため、馬車にすでに乗り込んでいた。湿っぽくなっているみんなの様子をなるべく見ないようにした。見るとリクまでつられてしまいそうだった。

アルとミナが挨拶を終えて馬車に乗り込むと、アリシアは慌ててグレッグとトニーのもとに走った。そしてなにやら話し、二人を笑わせると、それぞれの頬にキスをしてからまた走って戻ってきた。

「じゃあ、行くね」

リクが馬の手綱を持って言った。

「ああ、頼む」

アルがかすれた声で答えて、馬車はゆっくりと進みはじめた。

アルたちは振り返り、一生懸命、グレッグとトニー、そしてグース号に手を振っていた。長い長い船での生活が終わる。あえて困難な道を選んだが、アルはこの選択をしたことを誇れるように精進していこうと、心に強く誓っていた。

 

 

祖父母の家は、二人が亡くなってから放置されたままだった。リクは幼い頃に何度かきたらしいが、ほとんど記憶がない。アルの道案内で到着したその場所は、それでも心地よい懐かしさを感じるところだった。

草原が広がる丘の上に小さな平屋がたっている。

馬車に乗りながら、丘が近づくにつれて、みんなの心は浮き立った。

「この草原は全部畑だったんだ」

アルは目を細めた。

「オレはあの景色を再現してみせるよ」

アルは力強く言い、ミナは夫の手を握ってうなずいた。

「これ、全部畑になるの?」

ここには初めて来たアリシアが、驚いたように草原を見渡し、目を輝かせた。

「すごい!すごいね!あたし、一生懸命がんばる!」

あれだけの飛行技術を持つアリシアに、農業だけをさせるのはもったいないと感じたこともあったが、リクは今のアリシアを見て、これで良かったんだと心から思った。

アリシアは確かに飛ぶことを楽しんでいたが、その技術は天性のもので、努力という言葉とは無縁だった。しかし、今アリシアは、その努力をすることを心から楽しみにしている。

丘の上にあがり、家の横に馬車をつけると、荷物はそのままにして、ひとまず全員で家の中に入った。アリシアは歓声をあげて中を駆け回り、一部屋ずつ見て歩いていた。

その家は、木造の、新しくはないが温かみのある家だった。夏は涼しく、冬は暖かくみんなを守ってくれる家だと、リクは思った。

以前祖父母が世話になっていた人に事前に言っておいたので、どうやら掃除をしてくれたらしい。思ったほどの荒れようではなく、アルとミナはほっとしていた。

「これなら、今日から生活できるわね」

キッチンを見てミナが言った。軽く拭き掃除をし、荷物を降ろして家の中に運び入れていると、ゆるやかな丘を登ってくる馬車があった。

「無事到着したかのー」

見知らぬ老人が馬車をとめ、笑顔で降りてきた。

外にいたリクが戸惑っていると、家の中で片付けを始めていたアルが飛び出してきた。

「サイおじさん!」

アルは駆け寄り、サイおじさんと呼ばれた老人の手をとった。

「戻ってきました。家の手入れをしておいてくれてありがとうございます。これから、よろしくお願いします」

アルはそう言い何度も頭を下げている。ミナも出てきて笑顔で挨拶をかわした。

サイ老人はリクを見ると相好を崩した。

「リクか?すっかり大きくなったな」

少し腰をかがめ、顔をほころばせている。

「ああ、リク。この方はこれから農業のいろはを教えてくれるサイおじさんだ。昔からとてもお世話になっているんだよ。隣の農場のご主人だ」

そう言って丘の上から遠くを指さした。その先には、手入れされてない草原とくっきり線を引くように、緑の作物が大きく茂っている土地が広がっていた。

記憶にはないが、小さい頃に会っているらしい。リクは背筋を伸ばして挨拶をした。

「父さんたちをよろしくお願いします」

「おお、立派になったのう。……おや、女のお子もおったかの?」

アリシアが家の中から、体を半分だけだして、様子をうかがっていた。

「おいで、アリシア。サイおじさんにご挨拶しなさい。おじさん、アリシアもこれから私たちと一緒に農業をやる決意ですよ。私たちともども、鍛えてやってください」

アリシアは照れくさそうにゆっくり近づいてきて、珍しくおしとやかに挨拶をした。

「こんにちは。よろしくお願いします」

「おーおー良いお子じゃ」

「アリシア、サイおじさんなら、何を聞いても答えてくれるぞ。遠慮なく聞きなさい」

「疑問を持つことはよいことじゃ。すべてはそこから始まる。まあ、おてやわらかに頼むの」

リクはその光景をながめながら思った。こうして、父さんたちの新しい生活が始まるんだ。みんなとてもキラキラしている。なごやかな雰囲気にリクは安堵していた。

それから、サイおじさんはたくさんの食材を置いて帰っていった。

グース号から持ってきた荷物も全部馬車から降ろし、生活を開始するためのひととおりの作業も終わった。これでリクの役目は終わりだ。

「…じゃあ、父さん、母さん、僕、行くね」

リクは努めて明るく言った。グース号の出航は明日の早朝のため、今日中に戻っておかなければならない。

「ああ、そうだな……。リク、ちょっとこっちに来なさい」

アルが家の中に手招きした。リクが素直についていくと、アルは家の奥にある部屋の扉を開けた。広くはないが、日当たりの良い、明るい部屋だった。作りつけのベッドがある以外はがらんとしている。

「ここは昔、私の部屋だったんだよ。」

アルはそう言い、微笑んで続けた。

「今日からこの部屋は、リク、お前の部屋だからな」

「え?」

リクは驚いていた。自分はここには住まない。だから、自分の部屋があるとは思いもしなかった。

「リク。グース号は変わらずおまえの家だが、ここも、お前の居場所だと思って欲しい。私たちのいるところはいつだって、お前の帰る場所だ」

ミナがアルのかたわらに寄り添い、うなずいた。

「あなたはアリシア同様、私たちの大切な子供ですもの。離れていてもかけがえのない家族よ。いつでも帰っていらっしゃいね」

リクは目頭が熱くなっていた。油断すると涙がこぼれそうだった。それを一生懸命こらえると、アルとミナ、そして、アリシアに向かって言った。

「うん……うん。父さん、母さん、アリシア。……いってきます」

アルとミナはうなずき言った。

「いってらっしゃい、リク」

目を少し赤くさせ、馬車に乗り込むと、隣にひょいっとアリシアが乗ってきた。

「丘の下まで送るから」

うなずいて、リクはそのまま馬車を出発させた。

「体に気をつけて、無理しないのよ」

「いつでも帰ってこい。待ってるぞ」

二人はいつまでも手を振っていた。リクも何度も振り返り、手を振り返す。

そうして坂をくだり、二人が見えなくなると、鼻をすすりつつ泣きたい気持ちをごまかすため、アリシアに言った。

「そういえば、グース号を出発するとき、船長とトニーになんて言ったんだ?」

二人の笑い顔を思い出した。

「ああ、あれ?あたしリクのお嫁さんになるから、そのときはよろしくって言ったの。でも農業も続けるつもりだし、忙しくなるけどね」

アリシアは真面目に困った顔をした。馬車が丘の下まで来て、リクは苦笑しながら馬車を停めた。

「ここまででいいよ」

「うん……」

アリシアは妙にしおらしく返事をしたかと思うと、いきなりリクの首に両腕を回して抱き着いた。

「あたしのこと忘れたらダメだからね」

耳元でそう言うと、体を離して照れ笑いを浮かべた。それからピョンと馬車を飛び降りると「いってらっしゃい」と言ってにっこりと微笑んだ。

太陽のように明るいアリシア。これから少し寂しくなるけど、泣く必要はない。僕はいつだってここに帰ってこられるんだから。父さんや母さん、そして、アリシアのところに。

リクも笑顔になってアリシアを見つめ、言った。

「いってきます」

 

 

グース号に戻ると見知らぬ二人が、大きな荷物を抱えて、船の入り口でグレッグと話をしていた。

「リク、帰ったか。ちょうどいい、新しい乗員を紹介しよう」

グレッグが奥にいたトニーも呼んだ。

「マーズとショーンだ。」

マーズと呼ばれた熟年の女性はにこにこと、ショーンと呼ばれた既に壮年を過ぎた頃の男性はもじもじと、自己紹介をした。

「マーズおばさんと呼んでね」

と前置きしたマーズは、ころころとした丸い体で人懐こそうな笑顔のもと続けた

「飛行船は始めてだけど、キッチンさえあればどこでもおいしい料理を作るわよ。小さい頃から私の夢は世界中の島々を渡り歩くことだったの。夫には10年前に先立たれているし、子供たちも立派かどうかはわからないけど、それぞれ独立しているから、今はなんのしがらみもないのよ。だから行くなら今だと思ってね。もう今からワクワクしているわよ」

両手を胸の前につけて、目を輝かしグース号を見上げている。

次にショーンは、マーズに圧倒されながらもその細長い体で必死に話した。

「去年まで飛行船乗りだったんですが、船長が高齢のためその船が廃業しまして……、ラーザの街で仕事をしようと思ったんですが……、長く船乗りだったものですから、つぶしがきかず……。そんなときに声をかけてもらいまして、船に戻ってきたという次第です」

なぜか恐縮しながらやっと話終えた。

「へー、船長はあいかわらず手回しがいいっすね。」

トニーは関心しながら、二人に挨拶をした。

リクも続けて挨拶をする。

そのまま船内を案内していると、操舵室の隅においてあるムクの飛行大会のトロフィーと像を見て、ショーンが石のように動かなくなってしまった。アリシアが「いらない」と言ったため二つともそのまま飾ってあるのだ。

「こ、これは!フルーラの飛行大会のものではないですか!」

ショーンはわなわなと震え、触れるのももったいないと両手をかざしている。

「い、いったい誰が?船長ですか?それともトニーさん?私も以前でましたが、完走すらできなかった……あのコースでこれをもらえるなんて、神業です!」

ショーンはきょろきょろと二人を見比べたが、グレッグもトニーもおもしろそうに、リクに目を向けた。

「え?え、ま、まさか、君が?」

信じられない、という表情でショーンはリクを見た。

「あ、ううん、僕は3位だったんだ。優勝は別の……」

「3、3位!君が3位!なんと、なんとすばらしい!まだ子供なのに、あの大会で3位になるなんて……君は天才だ!」

ショーンの瞳はリクに向けた尊敬の念できらきらと輝き始めた。顔を紅潮させたショーンが興奮しすぎて倒れてしまうのではないかリクはひやひやした。

その後、優勝トロフィーの受賞者が10歳の少女であることを知ったショーンの興奮は、そのあともしばらく続くこととなった。

 

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