第6章
にぎやかなお祭り騒ぎが続くフルーラを出航して二日がたっていた。
グース号のみんなはまだ興奮冷めやらぬ様子で、ことあるごとにフルーラでの出来事を思い返していた。
「おまえたち表彰式に出てないから、謎の子供ってことでかなり盛り上がっていたぜ」
自由時間にフルーラの街中を散策してきたトニーがおもしろそうに話した。
「何者なのかってことで、街ではいろんな噂が飛び交っててな。うちの船のやつらだー!って叫んで歩きたかったけど、謎の子供もおもしろいから、黙っておいた。ヤーガさんもあまり人には話してないみたいだし」
ヤーガが手配してくれたおかげで、優勝トロフィーと、3位のための小さなムクの像はしっかりと二人の手に渡った。今は操舵室の隅に、倒れないよう固定されて飾られている。
それを見るたびに、リクは夢のようなひとときを思い出していた。またそれと同時に、次に寄航する島のことで不安が胸に広がった。
「お、やっと見えてきた。悪の巣窟、ザイオンだぜ」
リクの怪我がザイオンのムク乗りにやられたものだと皆知っているため、トニーが重々しく言った。
グレッグ船長が自室から出てきて、不安顔のリクに言った。
「おまえとアリシアは船から降りるな。今回はたいした量の取引はしないから、船で留守番してろ。その腕じゃたいしたこともできんしな」
それを聞いてリクはほっと息を吐いた。アリシアへの攻撃をしそこなったズールにもし会いでもしたら、何をされるかわからないという不安がリクの心を乱していたからだ。
「ありがとう、船長」
安心したリクは、改めて近づきつつあるザイオンを操舵室のガラス越しに見た。いつ来ても、あまりよい気持ちのしない浮島だ。
たいていの島は自然が多く、遠くから見ても全体的に緑色をしているのだが、この島は灰色にくすんでいた。他の浮き島のように島の底を覆うはずの緑の蔦はスカスカとなっており、薄茶色の地肌が見えている。地上も自然はほとんどなく、兵器製造のための灰色の工場が所狭しと立ち並んでいた。島の上空の空気までが淀んで見える。
以前トニーがよく愚痴っていたものだ。
「なんで船長はこんな島に荷をおろすんだ?あんまり近寄りたくない所だよな」
確かに兵器製造に携わっている島との関わりは、気持ちのよいものではない。ここでの取引はほんのわずかで、たいした収入にはならないのに、なぜかグレッグはザイオンとの取引をやめようとはしなかった。
うっすらともやのかかった空気の中、浮島ザイオンの上空に船を進ませ、重装備をした黒い船がいくつも停泊している港の上空にさしかかった。
「今回の操縦はムリだな」
アルが言い、リクは首から布でつるした左腕を恨めしそうに見おろした。
港の係員が地上で停泊場所を指示し、グース号はゆっくりとその場所に着陸をした。
停泊の操作を終えて、みなが格納庫へと降りていく。リクとアリシアは手持ちぶさたとなり、操舵室からザイオンの港を眺めていた。
「あの船、たくさんの荷物をつんでいるね。すごく重そう。よく船が落ちないよね」
アリシアは不思議そうに隣の黒い大きな船を見ていた。
「その分アリウムガスのスペースが大きいんだ」
その船の上部は大きなふくらみを持っている。作業員が船に積み込んでいる荷物は兵器や弾薬らしく、「危険」のマークが箱の側面についていた。中には大きな大砲もあり、ガラガラと大人が6人がかりで押している。
「あの船どこに行くのかな?あんなにたくさんの兵器をどうするんだろう」
「ここからずっと遠く離れたところでは浮島同士が戦争をしているそうだ。そこに売りにいくのかもしれない」
この近辺では長い間平和なときを送っているため、戦争という状況が具体的にはよくわからないが、リクは寒気がするのを感じた。
人間が殺しあうためのものを作って、それを売っている。きっと、戦争をしているところではよく売れることだろう。でもそんなことで島が潤っても人々は幸せを感じることができるのだろうか。
隣に停泊していたザイオンの船は、荷物をめいっぱい詰め込みハッチを閉めると、出航の準備を始め、やがて、薄曇りの空に重い巨体を持ち上げて飛び立っていった。
「行っちゃったね……。あんな船にだけは一生乗りたくないな」
アリシアがふと、空を見上げながらつぶやいた。
しばらくすると、空きとなっていた隣の停泊場に、別のザイオンの黒い船が下りてきた。先ほどの船より格納部分が小さいため貿易船ではないようだが、それでも、グース号より大きな船はリクたちを圧倒させた。
「あれ?」
リクはこの船に見覚えがあることに気がついた。
「これは……フルーラの港で隣に停泊していた船だ……」
ザイオンの船はどれも黒くて重厚な大型船のため、どの船も似てはいるが、識別するための番号が側面についている。それが同じだったのだ。
リクは慌ててアリシアの手を引き操舵室の奥の壁にへばりついた。
「なに?どうしたの、リク?」
ここなら、暗いから外からでは見えないはずだ。
「アリシア、ここにいろよ、あれはフルーラにいたザイオンの船だ。気をつけろ」
リクは腰を低くして、そっと操舵室のガラスに近づくと、目だけを出して外の様子をうかがった。その船は着陸を完了させると、乗員やムクなどをおろしていた。その中にはやはり、あのズールもいた。機嫌の悪そうな仏頂面で他の乗員を押しのけてさっさと港の建物の中へと入っていった。そして、最後に松葉杖をついた男がゆっくりと出てきた。
「あ、あいつ!」
それはおそらく、リクにナイフを投げつけた男だった。男の不敵な顔を忘れはしないが、本当にその男かどうかは判断しかねた。何しろ、顔の半分を包帯でぐるぐる巻きにされていたのだから。
「なあに?何かおもしろいものでもあったの?」
気がつくと、隣でアリシアがリクと同じ恰好でガラスにへばりついている。
「だめだよ、アリシア、危険だよ」
「何が危険なの?もう誰もいないよ」
アリシアはおもしろそうに答えた。
「あ……」
確かに乗員とムクたちはすべて降りてしまったようで、地上には誰の姿もなかった。
リクはほっとすると、立ち上がって背伸びをした。アリシアも真似をする。
「やっぱりこの島は落ち着かない。早く出航しないかな」
出荷の準備はどれだけ進んだのかと思い、リクとアリシアは格納庫へと様子を見に降りていった。
「おやおや、これはこれは……」
グース号の隣に停泊したザイオンの船の操舵室には、グース号を見下ろしてゆがんだ笑みを浮かべるジーコフがいた。ここからグース号の操舵室は丸見えだったのだ。
「君を探していたよ。『謎の子供』よ……」
ジーコフはグース号の側面に記されている船名を凝視した。
「グース号か……よく覚えておこう」
そうつぶやくと高笑いをし始め、きびすを返して操舵室を出て行った。
出荷を終え、出航の準備を整えたグース号は、グレッグ船長が戻るのを待っていた。いろいろ手続きがあるのだろうが、グレッグはなかなか戻ってこなかった。
「遅いな、船長」
トニーが操舵室から下をのぞきこんだ。
「ああ、来た来た」
しばらくすると、グレッグは操舵室まであがってきて「出航だ」とだけ言い、自室に入っていった。
やっとこの島から出られると思い、リクは緊張でこわばっていた体が緩むのを感じた。
グース号はゆっくりと浮上し、灰色の空を通って、浮島ザイオンの上空を抜けた。
やはり気のせいではなく、明らかに空気が違うとリクは思った。息苦しい状態を抜けて、さわやかな空気を胸いっぱいに吸い込み、大きく息を吐いた。
しばらくうららかな空の下を航行していると、斜め前方に別の飛行船が見えてきた。
「あの船……空賊船だよね」
リクはアルにつぶやいた。このあたりでよく見かける船だ。
空賊船といっても、一般の船には手を出したりしないため、近くを航行していてもグース号にとって危険はない。この船の獲物はザイオンのような兵器売買のための貿易船だった。それも兵器を特に大量に積み込んだ船だけだという。どれも同じようなザイオンの船を、外見だけで積荷を判断するのは到底できることではない。そのため内部にスパイでもいるのではないかとザイオンでも問題になっているという。
奪った兵器は溶かしてからさばくという、いわば反戦の空賊船だ。利得のためではないという信念は、グース号よりも老朽化している船体が示していた。
ゆっくりと2隻の飛行船はすれ違った。
「これから、船を襲いに行くのかな」
ザイオンの方向に飛んでいく空賊船を見て、リクはぼんやりと思った。