第5章
なんだか、体が痛い。まぶたも重くて開かない。ここはどこだろう……。
リクは、夢ともうつつともつかない、ぼんやりとした感覚の中にいた。
「みんなは?」
アリシアのか弱い声が聞こえた。そばにいてくれたんだ……。
「ああ、グース号に取引の荷物を降ろしにいったよ。リクの怪我がたいしたことなくてみんな安心していた。あとでまた来るそうだ」
グレッグ船長の声だ……。みんな仕事に行ったのか。僕も早く行かないと。でも、体が動かないや。
「手伝わなくてごめんなさい、船長」
「なあに、リクの付き添いがアリシアの大事な仕事だ」
それから、少しの沈黙。
「……船長に止められていたのに、あたし……あたし、やってしまった……」
アリシアが何をやったって?
「やはり、お前か……。コントロールできるようになったのか?」
「ううん、でも……あのときは無我夢中で……。どうやったのか、自分でもよくわからない」
いったい何の話をしているんだろう?
「いいさ」
グレッグ船長の声はとても優しかった。顔は恐いけど、船長はとてもやさしい人だとみんなよく知っている。
「お前はいいことをした。それで充分だ。胸を張っていろ」
「……うん」
アリシアのうれしそうな声が聞こえた。
よくわからないけど、アリシアがうれしいなら、僕もうれしいと思った。
再び目が覚めると、白い天井と壁の見知らぬ部屋に、グース号のみんなと心配顔のアリシアがいるのが見えた。
「リク!気がついた?リク!」
リクが何か言うよりも先にアリシアが叫ぶ。リクは思わず耳をふさごうとして、左腕に痛みが走るのを感じた。
「だめだよ、こっちの腕は動かさないで」
アリシアにとめられ、よく見ると、左腕は包帯でぐるぐるまきにされていた。
「名誉の負傷だな。全治1ヶ月だとよ」
「もう!無理をして。でもアリシアをちゃんと守ってくれたのね」
アルとミナが優しげな表情で言った。
トニーもちゃかすようにリクをのぞきこむ。
「しかし、グース号から飛行大会の優勝と3位がでるとは思いもしなかった。この栄光は永遠にグース号に刻みこまれるであろう」
と背筋を正して敬礼をしてみせる。
みんなが笑う中、リクは飛行大会を思い返して、笑顔になった。
「アリシア、すごかったなあ」
アリシアはにっこりとしてうなずきながら、リクが起き上がるのを手助けした。
「よくやったな、二人とも」
めったに誉めないグレッグが誉め言葉を発し、二人は目を丸くして顔を見合わせた。そして、お互いをたたえて微笑みうなずきあった。グース号のみんなも暖かな笑顔で二人を包んでいる。
開いたままのドアのノック音が聞こえ、「いいかな?」とヤーガが部屋に現れた。
「やあ、二人とも。本当にすごかったね。私は感動したよ!怪我もたいしたことなくて本当に良かった」
そう言って、リクとアリシアに近づき賞賛の握手を交わした。
「それでね、今、お客様をお連れしたんだよ。どうしても君たちに会いたいとおっしゃってね」
ヤーガの招きで部屋に入ってきたのは、長身でりりしい顔立ちをした男だった。
「あ!」
リクとアリシアは同時に声をあげた。現れたのはレオノールだったのだ。
会話を交わしたことはないが、レースをともに戦った相手というのは妙に親近感をおぼえるものだとリクは思った。接戦となったアリシアとレオノールは、よりそう感じているかもしれない。
「じゃあ、私たちは仕事に戻っているからね。ゆっくり休みなさい」
アルがそう言い、レオノール以外はみんな、部屋からなごやかに出て行った。
「あ、あの、はじめまして、というか」
リクが言うと、レオノールはおかしそうに笑った。
「傷はどうだい?」
レオノールはやさしく、そう聞いた。印象どおりの紳士だとリクは思った。
「全然たいしたことないんです。情けないけど気を失っちゃったみたいで」
リクはベッドの上で照れながら言った。
「君には助けてもらったね。ありがとう。君はとても良いムク乗りだ」
鎧兜の男の毒矢をリクは防いだのだった。レオノールはちゃんと気づいていた。飛行大会のヒーローであるレオノールに誉めてもらえて、リクは素直にうれしかった。
レオノールはリクの側に立っているアリシアに向いた。
「君には主役をとられてしまったよ。本当にこんな小さな女の子があんな飛行をするとはね。完敗だ」
そう言って微笑んだ。
「どうやら君が追い抜いてくれたおかげでズールも最後の攻撃ができなかったようだし。本当に君たちには感謝しているよ」
アリシアは、よくわからないけどまあいいか、という顔をしてレオノールと握手を交わした。
「表彰台に一人であがるのは寂しいものだったよ。しかも2番目の台にね」
レオノールは片目をつぶった。
「あれ?アリシアは表彰式に出なかったの?」
アリシアは、当然でしょ、という顔をした。
「リクを置いていけないよ。そんなのどうだっていいもん。リクのほうが大事」
そう言い切るアリシアを見て、レオノールは笑った。
「あのとき僕を抜いてゴールを駆け抜けたムク乗りとはとても思えないね。でも今のほうが、きっと君らしいんだろう」
そして、レオノールは二人を交互に見て言った。
「来年もおいで、二人とも。待っているよ」
そして、微笑みをたたえたまま手をあげて、レオノールは部屋から出て行った。
来年……。
リクは来年の自分たちを想像していた。
アリシアはラーザで農業を、僕はグース号で一人前の船乗りになっている。おそらく、もう飛行大会にでることはないだろうけど、本当にいろいろ楽しかったし、たくさんのものを得た気がする。
寂しい気持ちはなくならないけど、きっと来年の僕たちはよりよい成長ができているに違いない。
リクは、隣で微笑むアリシアを見てそう思った。