第21章
ルルに乗ったまま外から操舵室にまわりこみ「ちょっと行って来る。早く安全なところへ」と室内のみんなに言い、リクは上空高く舞い上がった。
「おい、リク!」
トニーは見上げながら、仕方ないなとため息をついて、グレッグとともに操縦席に座り、ハッチを閉め、船体を上昇させた。
リクはザイオンの上空を飛び、島の状態を見て息を呑んだ。いたるところで工場が崩れ落ち、その隙間を縫って多くの人々がよろけながら右往左往している。
リクはルルを低空に飛ばし、叫んでまわった。
「島が落ちる!早く港へ向かうんだ!」
それを聞いた人々は一瞬たちすくみ、そして、悲鳴をあげて港の方向へと走りだした。
リクは立ち止まっている人々みんなに避難するよう告げてまわり、それから、港へと向かった。何隻もの船が上空へと上がりはじめており、残っている船は数隻だった。港に向かってくる人々は続々と増え続けている。
「足りない……。このままじゃ全員を乗せることができない」
そのとき、また大きな地震がおこった。島がかつて無いほど激しく揺れ、人々は倒れこみ、残っている船もぐらぐらとその巨体を揺らした。
浮島ザイオンは、大きな音をたててその体を揺らしながら、とうとう島そのものをゆっくりと傾けはじめた。
「だめだ!」
リクは悲痛な顔で叫んだ。上空にいるリクから、島自体が離れていく。その巨大な浮島は、徐々にその高度を落としていった。人々の悲鳴が巻き起こる。まるで地獄絵図のように、上空にいる船に向かって手を伸ばしている人々の群れ。
「待ってくれ、もう少し、待ってくれ!」
リクはどうすることもできずに、島に向かって泣き叫んだ。
しかし次の瞬間、島はその動きを止めた。降下は止み揺れもぴたりとおさまっている。
地上の人々は、静かになったあたりを、何がおこったのかわからず頬をぬらしたまま見まわした。リクも島を見渡し、そして、ふとあることに思いあたった。一気に上空高くまで上った。
もしかしたら、もしかしたら……。
期待に胸をふくらませ、ザイオン上空をぬけ島の外に出ると、信じられない光景が視界に飛び込んできた。
「来て、くれたんだ……」
そこには、宙に浮き両手をザイオンにかざしている多くの飛人の姿があった。決して姿を現そうとしなかった飛人。長い歴史の中で、多くの辛酸をなめて傍観者となる道を選んで生きてきた一族が、こうして、人々の命を救うために、来てくれたのだ。
リクは歓喜に満ちて、その神々しくもある美しい光景を見つめ続けた。
既に崩壊へと向かっていたザイオンを等間隔にぐるりと取り囲み、飛人たちはみんなでその重い巨体を、見えないロープでもあるかように、空中で足を踏ん張って、必死に支えてくれている。
そこには老人も子供もいた。見渡すと、フランネルもいる。そしてその横には、置いてくるのがためらわれた大切な人、アリシアがいたのだ。リクは驚き、近づいていこうとして、その表情を見て思いとどまった。
アリシアは、単身で宙に浮きながら眉間にしわを寄せ一心に手をかざし島を支えている。その光景は、リクに、かつての飛行大会での豪華客船の事故を思いおこさせた。
……あのときも、アリシアが……。
リクは胸がいっぱいになり、涙をこらえた。アリシアはその小さな体で今も懸命に命を救おうとしているのだ。
リクは、飛人が支えてくれている今のうちに避難を完了させようと島に戻ろうとした。船は足りないが、急いで近くの島へのピストン輸送を開始しようと思ったとき、目の前に、思いがけない光景が飛び込んできた。
フルーラの飛行船や豪華客船など、何十隻もの飛行船が、ザイオンに向かって近づいてきていたのだ。先頭の船の操舵室には、フルーラの市長とヤーガが、リクに向かって手を振っているのが見えた。リクは人々の暖かな思いをしっかりと受け止め、感極まってルルの上で泣いた。
みんな、みんなが命を救おうとしている。長い歴史に積み重ねられた恨みも、長い時間をかけて積もった不信感もすべて打ち捨てて、こうやってみんなが来てくれた。
リクは涙をぬぐいながら、フルーラの船を誘導していった。港はこみあっているため、広い場所を上空から探し、その各地に着陸を促すと、港へと向かっていた人々をそれぞれの一番近い飛行船へと誘導した。フルーラの船からも青ムクが飛びたち、リクを助け、人々の避難を進めた。
多くの救難船を見て落ち着きを取り戻し始めた人々の避難は順調に進み、とうとう、ザイオンの島の人々全員を飛行船に乗せることができた。船は次々と上空へと飛び立っていく。リクと他の青ムクに乗った人々が、最後にザイオンを見てまわり、生存者が残っていないことを確かめると、みんなで島の外へと飛んだ。
リクは、フランネルのもとに行って、神妙な面持ちで大きくうなずいた。フランネルも、目を伏せうなずくとザイオンにかざしている手を静かにひいた。そして、それは飛人全員へと伝わっていく。
巨大な浮島ザイオンは、再び轟音をたて始めた。その底は次々と崩れ落ちていき、島はゆっくりと降下し始めた。避難した人々を乗せた飛行船や取り囲んでいた飛人が、まわりで島の行く末をじっと見守っていた。
グース号の操舵室では、ジーコフがガラスにへばりついて、その姿を凝視している。
「私が、積み上げてきたものが……」
その後ろにいたアルが言った。
「そういうものをあんたたちは私たちから奪ってきたんだ。やっと、その苦しみがわかっただろう」
ジーコフは沈み行く島を、肩を落としながらただ呆然と見つめていた。
浮島ザイオンはゆっくりとした速度で、雲の海を巻き上げ、その中へと吸い込まれていった。最後まで、その崩壊した工場跡が雲海に消えるまで、リクたちは見守っていた。
そしてとうとう、もともと何もなかったかのように、そこはまぶしい太陽の降り注ぐ、あたたかい場所となっていた。
リクがルルの上で大きく息を吐くと、フランネルとともに飛人の老人が宙をゆっくりと舞って近づいてきた。フランネルの様子から、以前言っていた長という人に違いないと思った。
「君がリクじゃな」
老人はにこやかに、それでも鋭い眼差しでリクを見た。
「はい」
リクは背筋をのばして飛人の長と向き合った。
「確かにいい目をしておる」
長はじっとリクの瞳をのぞきこんでから続けた。
「フランネルがな、まず人々は知ることから始めなくてはならんと言いおってな、それでわしらはここへ来たのじゃ」
そしてフランネルのほうをちらりと見て笑みをうかべると、フランネルは照れたような顔をした。
「人は自然とともに生きるものじゃ。それをしなかったから、大地で生きることができなくなってしまった。そして、この空でも同じことが繰り返されている……。人間が大地に戻りたくば、この空に浮かぶ島で長く上手に生き続けることじゃ。大地の自らの浄化が終わるまで、それを続けることができたもののみが、あの雄大な場所へと戻ることが許されるであろう。……おぬしはもう、わかっているであろうがな」
長はその皺の刻まれた顔で微笑んだ。
「皆に、そのことを伝えてくれぬか。私たちはこれからも大地とともに生き、浄化の手助けをしていくつもりじゃ。……この空のこと、おぬしに任せたぞ」
そう言って、手を差し出した。リクは飛人の長と固い握手をかわした。
「オレがみんなにきちんと伝えます。もう二度と浮島が落ちることのないように。このことをみんなが忘れることのないように、ちゃんと、正しい言葉で伝え続けていきます」
リクは力強く言った。
飛人の長は満足したように笑みをたたえてうなずき、そして、後ろを振り向いた。
その影には、アリシアが、宙に浮きながらこちらの様子を伺い、もじもじとしている姿があった。
「アリシア……」
リクが呼ぶと、アリシアはぱっと顔を輝かせて、長とフランネルを追い抜き、ルルの背に乗るリクの胸へと宙を舞って飛び込んできた。
「うわっ」
その勢いに驚きながら、腕の中のふわふわと軽いアリシアを見た。
あの、はちきれんばかりのアリシアの笑顔がそこには戻ってきていた。
「リク、すごいでしょ。あたし、空を飛べるようになったんだよ」
得意げに言うアリシアに、リクは思わず噴出しながらも、こらえきれずに涙を流した。
あのアリシアが戻ってきた。明るくて純真無垢なアリシアが。
リクは腕の中のアリシアを、その思いの分、強く抱きしめた。
この笑顔がいつまでも続くように、いつまでも見続けていられるように。
そのために、この世界を保ち続けていく決意をリクは新たにしたのだった。
お わ り