Sky Wish ~ムクの浮島~ 第2章

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第2章

 

晴れ渡った青い空のもと、眼下に広がる一面の白い雲の絨毯は、美しくその輝きを放っていた。晴天の澄みきった空気は、雲海の地平線を今日もくっきりと際立たせている。

心地よい風が吹きぬけるその雲の海の上を、飛行船グース号は少しばかり右肩下がりの状態で飛行していた。

所々につぎはぎの修復跡がある船体は、その屋根の上に2頭の青ムクと、そのムクとじゃれあう少女、そして13歳となったリクをのせている。

「ねえ、リク、まだ?」

肩の上で切りそろえた髪を風になびかせながら、臆することなく飛行船の屋根の上をムクと駆け回っていた少女は、しゃがみこみ作業をしているリクに、何度目かの同じ質問をした。

「アリシア、油断すると突風に飛ばされるぞ」

またすぐ走り去った少女アリシアの背に言うと、リクは屋根の一部分のフタをかぶせ、最後のネジを締め上げた。そして、船の端まで行き体を乗り出すと、下の操舵室の開いた窓に向かって叫んだ。

「トニー、いいよー!アリウム充填してー!」

すぐに顔を出したリクよりも5つほど年上のトニーが、手で了解の合図をしてから顔を引っ込めた。

この飛行船グース号は、アリウムガスを詰める空間をその天井に持つ。アリウムという浮揚用ガスは、船体の10分の1ほどのスペースがあればその飛行船を空に浮かすことが可能で、そのスペースは、たとえ1カ所傷ついてガスが多少漏れたとしても船が落ちないよういくつかに仕切られている。しかし、ガス漏れが発生することにより船は大きく傾くため、修復の優先順位は最高位だった。

その場でトニーの返事を待ちながら、流れる風の中、命綱もつけずに軽やかに走りまわるアリシアを見ていた。

宙に浮かぶ赤ん坊のアリシアを見つけてから、10年の時が経っていた。

あれから二人は、このグース号で兄妹のように育った。この船で生活し、多くの浮島へ行った。幼いながらムクの世話という仕事を二人で初めてまかされたときには、本当に一生懸命取り組んだものだ。

そしてリクは、少しずつ船の飛行に関わる仕事もこなすようになっていった。アリシアも、リクの母親を助け船上生活の家事を担い、今では二人とも立派な働き手となっている。

ずっとこの生活が続くと思っていた。

だが、二人はこれから別の道に進み、離れ離れになることが決まっている。リクは、胸の奥にある息苦しいような思いが寂しさだということを、最近やっと自覚した。

「……自分で選んだ道だ」

リクは頭を振った。

初めてアリシアに会った日をリクはちゃんと覚えている。アリシアは小さくてかわいい空飛ぶ赤ん坊だった。

リクはアリシアに会えて、本当にうれしかったのだ。他に子供のいないグース号で、遊び相手ができるということはなによりもリクを喜ばせた。それにリクは、飛んでいるアリシアを見るのが好きだった。今はムクに乗ってだが、きっとあの、アリシアを見つけたときからそうだったように思う。

あれからアリシアが自力で飛ぶことはない。今思えば不思議だが、きっと何かしらの細工があったのだろうと思うようになった。

無邪気に遊んでいるアリシアを眺めているうちに、グース号の船体は徐々に左右平行な高さを保つようになった。

トニーが同じ窓から顔を出し、OKサインを出して笑いながら叫んだ。

「アリシアが屋根から落ちる前に飛ばせてやれー!」

リクも笑顔でOKサインを出し振り返ると、アリシアはすでに青ムク、リーの鞍にまたがって、「早く早く」とリクに手を振っている。

「本当に飛ぶのが好きなんだから」

リクはあきれながら笑いそうつぶやくと、アリシアと青ムクのもとに駆けだした。

 

 

「二人の飛びっぷりはいつみても気持ちがいいなあ。」

トニーはぐっと伸びをして両手を頭の後ろで組むと、操舵室のいすの背にもたれた。

リクとアリシアは船のまわりをムクに乗って飛び回り、日課のムクの運動をさせている。操舵室の180度の視界から、二人の様子がよく見えた。

「まったくだな。俺なんかあっという間に追い越されたからな」

「アルさんは下手すぎるんスよ」

トニーはにやけて隣に座っているアルに言った。

「そう言うなよ。小さい時からムクに乗っている子供たちと一緒にしないでくれ」

そう言ってアルは口を尖らせてから笑った。

しかし、とアルは思う。リクはともかく、10歳のアリシアがあれだけムクを乗りこなしているのは驚くべきことだ。大の大人でさえムクに乗るのは難しいというのに。

乗る人間のほんの少しの恐怖心やためらいもムクは敏感に感じ取り、ムクもまた同じ気持ちを抱く。逆に飛ぶことを恐れず、ムクとともに飛ぶ、という感覚を養うことによって、ムクも本来の力を発揮し、たとえ同じムクであっても違う生き物のようにのびのびと飛ぶことができる。

子供ゆえの無邪気さもあるかもしれないが、並外れた平行感覚とセンスがアリシアにはある。リクはアルから飛び方を教わったが、アリシアは誰からも教わっていない。リクが一人で飛ぶようになったとき、アリシアがいきなりムクに乗りリクを追いかけ初めて単身で飛んでしまったのだ。

グース号にムクは2頭しかいないため、みんなハラハラと見ているしかなかったが、アリシアは最初の飛行から、アルに教えられたリクよりも上手に飛んでいた。リクがこんなにうまく飛べるようになったのはアリシアと一緒に飛ぶようになってからだ。

「最近、リクはときどき寂しそうな顔を見せるわね」

アルの横に妻のミナが立って、自由に空を舞う二人を見つめていた。

「そうだな。こうなることはわかっていたが……。オレの決断は間違っていなかっただろうか」

アルはミナを見て申し訳なさそうな顔をした。

アルたちは、船を降りて故郷の島で両親が残した土地を耕すという、ずっと考えていた農業の道に進むことを決意していた。10年以上放っておいた土地だし、勉強しなければならないことはたくさんある。しかし、今がそのときだと思ったのだ。

「リクはもう立派な船乗りよ。私たちがいなくてもこの船でちゃんとやっていける。みんながいるし、私たちの子だもの。アリシアもそう。これが二人の選んだ道なのだから」

ミナは夫の肩に手をのせて微笑んだ。アルはうなずきその手に自分の手を重ねた。

グース号が主な取引としている農作物について、アリシアは小さい頃からとても興味を持っていた。どうやって作るのか、とか、同じ作物でも味や大きさ、色が微妙に違うのはどうしてか、など多くの質問をして二人を困らせたものだ。

「あのとき、あなたったら、アリシアの質問に答えるために毎晩勉強していたわね」

ミナは思い出し笑いをした。

「ああ、おかげでくすぶっていたオレの農業熱に本格的に火がついたんだ。子供ってやつは大人が当たり前だと思っていることに疑問を持つ。大切なことに気付かせてもらったよ」

アルが、船を降りて農業をやりたい、とリクとアリシアに打ち明け、選択を委ねたとき、二人は予想どおりの答えを出した。リクは船に残ると言い、アリシアはアルたちと一緒に行くと言ったのだ。

アルの故郷は、グース号の拠点としている島なので、年に数回会えるとはいえ、わが子リクと離れるのは、アルたち夫婦にとってもつらいことだった。そして、子供同然に育てたアリシアがともに来てくれるのは本当にうれしいことだった。

あと数箇所の島での取引を終えたのち、故郷の浮島ラーザに帰港する予定となっており、そのとき、アルたちは船を降りる。

アルは操舵室の天井をぐるっと見回した。

「この船には感謝してもしきれないな。……息子を頼むぞ」

誰に言うともなくつぶやくと、隣でトニーがぐすっと鼻をすすった。

 

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