第15章
数日後、新たなザイオンの情報がライラのもとに届けられ、浮島ジルで今後の作戦を練っていた人々を沸き立たせた。
「ようし!これで、全ての兵器工場の見取り図が手に入ったよ!」
ライラは中心に立ち、仲間の歓声の中、拳を握って片手を高らかに上げた。
全員で工場爆破のための手はずと爆薬の準備を始めたが、すぐに困ったことに直面した。
「ザイオンの兵器は強力すぎるんだよ!」
ライラは行き場のない怒りで地団駄を踏んだ。
ただでさえ危険なものを作っている工場を、浮島のアリウム層に届かない範囲で爆破させるというのは、とても繊細な細工をしなければならない。それを行える威力の小さい兵器や爆薬は、ザイオンから奪った大量の兵器の中にほんの一部しかなく、作戦には足りなかった。多少であれば、兵器を分解して威力を落とすこともできるが、専門の知識を持たない人間がやるには、あまりにも危険な作業だった。
「仕方ない。もう一度やるか」
ライラは同時に手に入れた次のザイオンの貿易船の出荷日時を手に、次の襲撃の作戦会議のため皆を招集した。会議室となる廃墟の入り口でレオノールと会ったリクは、吹っ切れた顔で言った。
「レオノールさん。オレ確かめるよ。やらせてください」
以前とは違うリクの、強い光を宿す目を見て、レオノールは、「わかった」と言い、頭にポンと手を置いた。
その後の作戦会議では、リクもムクで出ることが決まり、スワロー号の砲台にはホーク号から人を貸すこととなった。
今回、ザイオンの貿易船の出航は昼間だった。
太陽がまぶしく輝き、真っ白な雲海を照らす。雲の起伏が鮮やかに浮き彫りにされ、その上に降り立てるのではないかと錯覚させるほどだった。
貿易船はその漆黒の巨体に光を存分に浴びて、ゆるやかに空中を進んでいた。
その行く手に、ジルの隣島の影からホーク号とスワロー号が姿を現した。
ザイオンの貿易船は、その姿を捕らえ、プロペラを急速反回転させた。
ホーク号のハッチが開かれ、青ムクが一斉に飛び出す。リクもルルに乗り、その中にいた。青ムクの隊列がザイオンの貿易船に近づこうとすると、貿易船は前回とは違うすばやい動きでハッチを開き、中から小型プロペラ船3台と、大量の武装された赤ムクを放出した。それはどう少なく見積もっても前回の3倍、30頭はいそうだった。
驚いた味方の青ムクはその進路を阻まれ、編隊が乱れた。
「ちっくしょう!罠だ!」
ライラはホーク号の上部砲台で舌打ちした。
「これだけ護衛兵が入ってたんなら、あの格納庫は空だ。撤退しろ!」
そう叫ぶも、敵兵の多さに空中の青ムクたちは四苦八苦している。
その中で、なめらかに飛ぶ青ムクがいた。敵兵2頭と相対しても、俊敏にかわし、その赤ムク同士で衝突させている。
「へえ」
窮地にありながらも、ライラはそれを見て、にやりとした。
「あのぼうや、本当にやるねえ。……あたしも負けていられないよ。援護してやる。グレッグ、前進だ!」
送伝管から伝わるライラの声に、グレッグは操縦桿を持つ手に力を込めた。
リクは敵の攻撃の中を巧みに飛びながら、たった一つのことだけを考えていた。
……アリシアはどこだ。
たくさんの赤ムクが飛び交い、視界が狭まる。その中でリクは目をこらして必死に探した。多くの敵兵とすれ違う中、ふいにリクは1頭の赤ムクに目をとめた。
皆同じ鎧兜をつけて、同じような赤ムクに乗っているが、リクにはそれが前回の襲撃のときに、たった1頭残った赤ムクだと確信できた。これだけ混雑している空中で、淀むことなくスムーズに飛び、味方どころか敵までも眼中にない様子だ。
リクはすかさず、その赤ムクを追いかけ始めた。敵の砲弾をよけ、味方に向かった攻撃をさえぎりながら、その赤ムクについて飛んだ。
「あの子、何やってるんだ?なんであの1頭に固執して……。それにしても、なんて……すごい……」
ライラはスワロー号の砲台の上から、援護のためにペイント弾を打ち出しつつ、リクたちの動きに圧倒されていた。その2頭は他のムクとは格段に違う動きをしているのだ。
戦況は圧倒的に不利ではあり、傷つき、落ちる前に船に戻るムクもいた。かろうじて残っていたレオノールも、その激しい戦闘に疲れを見せ始めている。
リクは、その赤ムクを追いながら味方の形勢の悪さに焦りを感じた。追いかけっこをしている場合ではないのだ。リクは必死に叫んだ。
「アリシア!!」
前を行く赤ムクの背にいる小柄な兵が、少しだけ振り向いたような気がした。
……アリシア、やっぱり、アリシアなのか?
そのとき、味方の援護を突破した小型プロペラ船の砲弾が、ホーク号の側面を直撃した。
大きな爆音と舞い上がる炎と煙に皆、目を奪われ、そのすきに、今度はスワロー号のハッチ部分に赤ムクの兵が持つ突起のある鉄球が投げつけられた。小さな爆発ではあるが、そのハッチを破壊するには充分な威力だった。
味方の青ムクの中には、捉えられその首に縄をかけられたまま、敵の小型船へと連れ込まれるものもいる。戦況のあまりの悪さに、リクは愕然とした。
スワロー号の穴の開いた格納庫から船内に赤ムクの兵が乗りこんでいくのが見える。リクは、スワロー号に戻ろうとして、自分が赤ムクの後を追って、あまりにも敵の貿易船に近い距離にいることに気が付いた。
そのときふいに、追いかけていたはずの小柄な兵を乗せた赤ムクが、リクに向かって猛スピードで飛んできた。
「うわっ」
逆方向を向いていたため気づかず、リクを乗せたルルは思わず、その大きな赤ムクの翼の風圧で飛ばされた。
次の瞬間、ザイオンの貿易船本体から、砲弾が発射された。それは今リクのいた場所を通過し、大気を切り裂きながら空中を走り抜けていった。
驚きながら、ルルの体勢を整えて見えたものは、爆風をもろに受け、その衝撃でぐるぐると回りながら投げ上げられた赤ムクで、背に乗せた小柄な兵はあっという間に振り落とされた。
リクが追っていた赤ムクの小柄な兵は、リクを風圧で飛ばしたのちに、貿易船の砲弾の被害を受けたのだ。投げ上げられた小柄な兵の鎧兜がその衝撃で外れている。上昇の勢いは失速し、そこから落下していく。
栗色の長い髪が宙を舞い、その体は力なく、ただまっすぐに落ちていった。
「アリシアー!!」
リクはルルを急降下させ追いかけた。下降に入る瞬間、チラリとスワロー号に目をやると操舵室では鎧兜の兵ともみ合っているグレッグとライラの姿が見えた。
「ちくしょう!」
残っている青ムクはほとんどいなかった。ホーク号からの炎は絶え間なく燃え盛り続けている。
リクは必死で降下した。前を落ちる小柄な体が空気の層にもてあそばれながら、くるくるとまわる。太陽の光を反射した栗色の髪は、リクの視線からその顔を隠していた。
それでも、リクは確信していた。
アリシアだ。あれはアリシアだ。ちくしょう……間に合わない!
死に物狂いで降下しても、落ちていくアリシアに届かない。とうとうその体は、まぶしく光を反射する雲海へと達しようとしていた。
「アリシアー!!」
その瞬間、ほわっとアリシアの体が浮き上がった。降下は続くものの、明らかにそのスピードが落ちたのだ。そして、ゆるやかな下降スピードのまま、アリシアの体はゆっくりと、やわらかな雲海の波に飲み込まれていった。
リクもためらうことなく雲の波間に飛び込んだ。そこに恐れなどは一切無く、ただひたすら、アリシアのことだけを思っていた。