第14章
奪った貨物は、その巨大な貿易船ごと浮島ジルへと牽引された。
「あたしの故郷だよ。戦争のせいで今では廃墟と化して無人の島さ。人間がいなきゃ戦争はできないからね。誰もいなくなったジルにはザイオンも近づかないのさ」
自虐的な笑みを浮かべながら、ライラが言った。
それでも、朝日は島々に平等に降り注ぐ。薄くなった雲間から荒廃した大地を暖かな光が照らし始めていた。茶色い大地のほんの一部分では戦時中の残骸のもと雑草が生い茂り、その緑が光をあびて、大きく息を吸っているようにリクには見えた。
無人となった貿易船を、少々乱暴な方法で着陸させた一行は、浮島ジルに残された廃屋の中で、お互いの健闘を称えあい温かい朝食を囲んだ。
「今回は5対4でホーク号の勝ちだ」
「でもうちの砲台は2台だけだったんだからね、しかも、リクは初陣だ。たいしたもんだろう」
ライラが胸を張って、リクの背中を叩いた。
「ああ、君だね、飛行大会でうちのレオノールの次だったっていうのは。今度は是非ムクに乗って見せてくれ」
ホーク号の乗組員は皆いい人たちで、リクの心をほんわりとさせた。同じ志の人々が多くいることを実感でき、とても心強く感じた。
そんな中、ライラがそっとグレッグに言った。
「腕はなまってないようだね」
フフンと笑い、うれしそうだ。
それを聞いて、リクが「何?」と身を乗り出した。
「聞いてないのかい?グレッグは昔この戦争地帯で飛行船を航行させてたのさ。どの島も食料不足なのを知って戦火の中運んでいた。だから、砲弾をよけるのなんて朝飯前なのさ」
ライラは自分のことのように自慢した。
少し、いい雰囲気となった二人のために、リクは席を外して建物の外に出た。朝日はすっかり昇りきってだいぶ高いところにあった。何かの残骸や、ごつごつとした岩肌を見せているその島をリクはぼんやりと眺めていた。
「ちょっといいかい」
振り向くとレオノールが立っていた。徹夜あけにも関わらず、相変わらずりりしい出で立ちで太陽の光を浴びている。リクがうなずくとレオノールは続けた。
「言おうかどうか、迷ったんだが……。もし違っていたら、君を深く落胆させてしまうことになる。しかし、私には確かめる術がない」
リクはレオノールが何を言おうとしているのか、わかった。リクも昨夜からずっと考えていたことだ。
「護衛兵の増強で、最近よく見かけるようになった。あの、最後に残った赤ムク……。あんな飛行ができるのは……、私は彼女以外知らない」
リクは目を閉じた。
アリシアの笑顔が浮かぶ。どんな形でもいいからもう一度会いたいと何度願ったことか。しかしそんなことはありえないと自分に言い聞かせてきた。
確かに遺体は見つかっていない。家もろとも爆発で吹き飛ばされたのだ。だからといって一度期待すると、レオノールの言うように間違いだったとき、またあの苦しみを味わうことになりはしないか。あの、どこまでも深く暗い、憎しみの穴へとまた落ちていきそうで、リクは恐かった。
やっと這い上がってきた。悲しみを乗り越えて、やっとここまできたのだ。
「次の襲撃で、確かめてみないか」
レオノールの言葉に、リクはうなずくことができなかった。
奪った兵器類を、今まで蓄えた兵器の保管庫としている建物に移す作業を終え、リクはグレッグのもとへ向かった。
ライラがいたら邪魔をせず帰ろうと思っていたが、グレッグは一人だった。
「どうした、リク?疲れた顔をしているな」
グレッグは優しくリクを迎えた。本当にグレッグがいなかったら、どれだけつらく苦しい日々を一人ぼっちで過ごしていたかと思うと、リクはぐっと感謝の気持ちがこみ上げてくるのを感じた。
目を赤くして、こらえているリクを見てグレッグが手をさしのべた。
「なんだ、どうした?私の前では泣いていいぞ。ライラには内緒にしておいてやる」
その言葉を聞いて、リクは笑おうとしたが、自然と涙があふれてきてとまらなくなった。
グレッグはリクを引き寄せるとぽんぽんとその背中をやさしくなでた。
……大丈夫。オレにはこの暖かい胸がある。優しく迎えてくれるグレッグ船長がいる。もし、また大きな落胆の時があっても、僕は二度とあの暗闇には戻らない。
恐れては、いけない。確かめるんだ。
リクはグレッグの胸の中で泣きながら、迷いや恐怖すべてを流しだして、強く決心していた。
落ち着いたリクにグレッグはお茶を入れてくれた。体の芯まで温まるとてもおいしいお茶だった。それを飲みながら、ザイオンによるラーザの襲撃を思うとき必ず行き当たる疑問が、再びリクの心を満たしていた。
「どうして、ザイオンは……ラーザの家を襲ったんだろう……」
リクはつぶやいた。
ザイオンの悪行は知れ渡っているが、ラーザのように平和でのどかな、それ以外には何もないといえる島を襲撃したという事実は他にはなかった。あれから激しい攻撃が始まると予想していた島民も、その後の静けさに今ではとりあえず胸をなでおろしている。
グレッグは黙ったままじっとリクを見つめ、そして、ようやく口を開いた。
「飛人、というのを知っているか?」
「とびびと?」
急に何を言うのだろう、と不思議に思った。リクにとって、初めて聞く言葉だった。
「そうだな……今の若い世代で、その名前を知るものはほとんどいないだろう。」
グレッグはゆっくりと話し始めた。
「飛人というのは、アリウムガスや翼のある動物の手を借りずとも、この空を飛ぶことができ、物を自在に飛ばすことのできる人々のことだ。まあおそらく、飛べない人間が勝手につけた名だろうがな」
「……飛べる、人間……」
リクの心には、とても大切にしていた女の子の顔が浮かんでいた。
空飛ぶ赤ん坊だった、アリシアの顔が……。
「大昔、私の祖父のそのまた祖父のころの時代だ……」
グレッグは遠くを見るように、静かに続けた。
飛人はときどき目撃されることもあったのだという。しかし決して、飛べない人間に近づこうとはしなかった。だが、あるとき科学技術の発達が飛びぬけて進んだ浮島の人間に、騙されて捕らえられたものがいた。その飛人は不幸なことに、飛ぶ仕組みの解明のためと、人体実験の道具にされてしまった。
しかし、その後突然、その浮島は激しく崩れ始め、雲の下へと落ちていったのだという。それが、摩訶不思議な力を持つ飛人の呪いだと恐れられるようになり、それが怒りへと変わり、飛人狩りが始まった。しかし、飛人は二度とつかまることはなかった。その後、飛人を見つけたら不幸を招く前に処刑を、というのが愚かな通説となってしまった。
「そのころの話を知っているものはおそらく、飛人という言葉により、恐怖を呼びおこすことだろう。だが幸いなことに、徐々にそれは伝説や架空の物語のようになり、その話自体、時代の流れに消えつつあるようだがな」
グレッグは大きく息を吐き、顔をあげてリクを見た。
リクは戸惑いながらつぶやいた。
「……アリシアが、飛人……。飛べる、人間……」
グレッグはいたわるような優しい目をして、うなずいた。
「私も昔の人々のように、飛人に訳もない偏見を持っていたのは事実だ。しかし、アリシアの成長を見ていて、それは愚かな間違いであったとすぐに気づくことができた。飛人は、私たちと全く変わらない同じ人間なのだ。ほんの少し特別な力を持っているというだけでな。過去の事は飛人にとって本当に悲惨な出来事だった……」
そして、グレッグは目を伏せた。
「……ラーザの襲撃のとき、あの激しい爆発を見て私は、恐ろしいことに飛人狩りが行われてしまったのだと思った。隠していたアリシアのことが、どこからか知られてしまい、残虐なザイオンが愚かな襲撃をしたのだと。しかし、昨夜の赤ムクは……」
リクははっとして、顔をあげた。
グレッグも、リクと同じ思いを抱いていたのだ。誰よりも飛ぶことが好きで、誰よりも飛ぶことの上手だったアリシア。昨夜の赤ムクには、感情のかけらも見えはしなかったが、リクはその飛行を見て感じたのだ。飛んでいるアリシアを見ていたときに感じた、心が浮き立つものを。
「オレ、確かめるよ。……もう恐れない。そこに少しでも可能性があるなら」
リクは、もう一度アリシアの笑顔が見たいと強く思った。
グレッグは、まぶしそうに目を細めて、孫同然に思うリクを優しく見つめ、うなずいた。