第11章
次の日から、リクは港の仕事を辞め、スワロー号のペンキ塗りを始めた。それほど大きくない飛行船とはいえ、どくろマークを含めて船体をすべて塗りつぶすのは容易ではない。それでも、リクは昨日までとは打って変わって生き生きと作業をしていた。
休みあけで港に出てきたトニーが空賊船を見てかなり驚いていたが、リクの明るい顔を見て心からほっとして、リクを手伝った。
そのうちライラもラーザの港の人々と打ち解け、船自体もどくろマークが消え外見のみだが新しく生まれ変わるに連れて、みんなのスワロー号に対する偏見も無くなっていった。
ラーザを攻撃したザイオンに対抗し、戦争を支持する活動を阻止しようというスワロー号の考えは、リクによって多くの人々に伝わった。それによってなす術もなくただ怯えているしかなかった人々が、スワロー号を支援しようと次々と港に集まりはじめ、最後には多くの島民がペンキ塗りに参加することとなった。
そして、リクの予想以上に早く、空賊船は消え、戦争に反対するレジスタンスの船、新しいスワロー号が誕生した。
ライラはグレッグとともに、塗装作業の完成したスワロー号を見上げた。真っ白に輝くその船体は、まるで新造船のようだ。新しい門出を多くの人々が祝ってくれ、応援してくれた。
「まいったね、こりゃ」
今まで、港で忌み嫌われたことはあっても、歓迎されたことはない。初めての反応を受けて、ライラは頭に手をやり照れ笑いをした。
「どうか無事で帰ってきてね」
「これからは、ここがあんたの島だよ」
暖かい言葉を受けて、ライラは戸惑いつつも目頭を熱くしていた。
出航の準備を着々と整えていると、トニーが情けない顔をしてやってきた。トニーもスワロー号の乗組員になりたいと事前にライラに申し出ていたのだ。
「彼女が、行かないでくれって泣いて頼むんだ」
今回の仕事は今までと違い命の危険をも伴うものだった。容赦なくラーザを攻撃したザイオンに対抗するのだから、それなりの覚悟は必要だった。
「オレはみんなと一緒に奴らを打ち負かしたいんだ!だけど……実は彼女と結婚の約束をしていて……。泣くんだよ……。オレが行くなら自分も行くって。でも、彼女を危険にさらすわけにはいかない。だから……ごめん、本当に、すみません!」
そう言ってトニーはみんなの前で深く頭をさげた。
ライラはにやっと笑ってグレッグと視線を交わした。
「トニー、頭をあげろ。まったく何を言ってるんだ?この船で行くことだけが、島を守るってことじゃない。ここにいて、自分の大切な人たちを守ることだって、立派な仕事だ」
グレッグの言葉にリクもうなずいた。
「トニー……。オレ、実はアリシアをお嫁さんにするって約束してたんだ。でもできなかった……。最後に見たアリシアの寂しそうな顔、今でも忘れられない。」
トニーとグレッグは息をつまらせた。
「トニー。彼女を寂しがらせないでくれよ。オレができなかったこと……、彼女をどうか幸せにして欲しい」
トニーは涙をあふれさせ、リクに抱きついた。リクはぽんぽんと、その兄のように慕うトニーの背中を叩いて、少しだけ寂しそうに笑った。
すべての準備が整い、出航の日がやってきた。ムクに乗れるのはリクだけなので、ルルだけ連れて行くことにし、リーはトニーに預けることにした。
ラーザの島民たちの多くが港にやってきて、スワロー号を見送ろうと集まっていた。
「おいおい、すごいことになってるよ」
子供たちの鼓笛隊までやってきて、演奏をしている。
操舵室では、ライラはもちろん、グレッグとリクもその様子を見て驚いていた。それだけ、みんなの期待が大きいということだ。
みんなに手を振ってからグレッグとリクが操縦席に座った。グレッグと一緒に船を操縦するのは初めてなので、リクはくすぐったいような気持ちがしていた。
「この船はちょっとくせがあるからね。まあ、すぐ慣れるさ。…じゃあ、行くかね」
ライラがのんびりと言った。
グレッグが笑みを浮かべ「アリウム充填」と言い、リクが復唱して手元の機器を操作する。
またこんな日が来るとは思いもしなかった。一時はもう何をする気もおきなかった。すべてがどうでもいいと感じるときもあった。
スワロー号はゆっくりと上昇し始めた。港では歓声が巻き起こっている。
ラーザは家族が待っていてくれる島だった。今はもうその大切な家族はいない。とても悲しく、心が張り裂けそうな事実だった。でも。
リクは操縦しながらそっと下を覗き見た。これだけ多くの人々がいてくれる。応援してくれる。リクはそれを見て、心を強くすることができた。
やっぱり、ここは僕の故郷の島だ。
リクはこの光景をずっと覚えておこうと思った。