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My Robber Prince ~猫と恋泥棒~ 第9章

ハーン家の屋敷は都のはずれにあった。ケビンの話では領地もあるにはあるが、都からは遠く狭いうえに土地がやせているとかで、農地としてはもう機能していないらしい。そのため、ハーン家の生活の拠点はその都のはずれのお屋敷のほうということだった。一等地にあるガードナー家の現在の様相よりはまだましだが、格下とはいえ貴族が季節を通して住んでいるにしては少しばかり貧相であった。

道々ウィルから事の真相を聞いたケビンは息巻いた。

「嬢ちゃんの大切なものを盗むなんて貴族の風上にもおけない。元の雇い主だけど、オレは亡くなったご主人に仕えてたつもりだから、断然兄貴に協力するぞ」

「ああ、頼むよ」

二人は屋敷の裏口にまわると、ケビンが呼び鈴を鳴らし使用人を呼んだ。

「お、ケビンじゃないか。久しぶりだな」

顔を出したまだ若い使用人が、親しげに言った。

「うん、オレ落ち着き先が決まったから、じいちゃんの荷物取りに来たんだ。この人はそこの家の人で手伝いに来てくれた」

ケビンは後ろにいるウィルを指差した。

「手伝いがいるほどの荷じゃないだろう」

そう言って笑われながらも、すんなりと二人は中に通された。

「仕事が決まって良かったな、オレも安心したよ。で、どこのお屋敷だ?」

若い使用人は気安く聞いた。

「ああ、ガードナー家だよ」

ウィルが言っても良いという顔をしたので、ケビンが正直に言うと、前を歩く若い使用人が立ち止まって振り返った。

「何?ガードナー家か?おいおい、あそこはやめとけよ」

「なんでだよ」ケビンが口をとがらして言うと、若い使用人は声をひそめて続けた。

「いや、立派なとこだってことは知ってるけどさ。驚いたことにここの夫人があそこと親戚だったらしくて、どうやら乗っ取る気でいるらしいぞ。ここだけの話だけど、向こうを困らせてそのスキにつけ入るために、オレたち使用人にガードナー家お取り潰しの噂を流せって命令が下ったんだ」

「なんだよ、それ?やったのか?」ケビンがいきり立つと若い使用人はきまりの悪い顔をした。

「そう、怒るなよ。仕方なかったんだ。そしたら夫人の狙い通りに使用人が集まらなくなったっていうじゃないか。オレもちょっと良心が傷んでるんだぞ。まあ噂は嘘なんだからいいとしても、もし本当に夫人がガードナー家を乗っ取ることになったら、お前また放りだされるぞ」

なるほど、そういうことか。根回しもぬかりなかったわけだ。

ウィルは納得してあきれ返った。

使用人の住まいは日当たりの悪い北向きの部屋でドアの前まで来てケビンが言った。

「あとは適当にやるから、仕事に戻っていいよ」

「ああ、わかった。帰るとき声かけてくれよ」

そう言って若い使用人は愛想良く手を振り去って行った。

ひとまず二人は雑多な使用人の部屋の中に入った。2段ベッドが両側にある狭い部屋だ。

ウィルは、「ここで待ってろ」とケビンに言って、ドアの内側に張り付き耳を澄ませた。

「えーオレも連れて行ってくれよ」

ケビンは不服そうに顔をゆがめた。

「だめだ」

ウィルは笑顔で言うと、有無を言わせずケビンを残し部屋の外へするりと出た。

屋敷の間取りはケビンのおかげで頭に入っている。後ろめたい物は当然自分の部屋に隠すだろう。となればデボラの部屋が一番有力だ。まだ日も暮れて間もないうちに忍び込んだのは夕食時を狙ってのことだ。真夜中では主人がベッドで就寝中となり仕事がしづらい。

音を立てずに階段を上り上階につくと、慌ただしい足音が聞こえたため、柱の陰に身を隠した。使用人が料理を運んでいる。夕食はまだ始まったばかりのようだ。

人影が消えてから、さらに上階へと進んだ。ガードナー家と比べればやはりそれぞれがこじんまりとはしているが、そこは貴族の家だけあって体裁だけは保っているようだ。額縁の並んだ廊下を進み、他の部屋よりもドアが重厚なデボラの部屋を見つけた。取っ手に手をかけるが、何を警戒しているのか鍵がかかっている。

ウィルは懐から小さなピンを取り出すと、鍵穴に差し込み、ほんの2,3秒でかちゃり、というわずかな音を立てて開錠した。警戒しつつ中をのぞくが真っ暗で主人の存在はない。そのまま部屋に滑り込み入り口の小さなランプだけを点けた。ほんのりとした明かりが部屋の中を照らす。その瞬間、鼻がむずがゆくなった。あたりを見回すがここには4本足のヤツらはいない。隣が例の猫の部屋で、中のドア一つでつながっているため出入りもしているのだろう。

顔をしかめつつ、部屋の物色を始めた。壁の装飾は派手で、ソファの色もどぎつい。天蓋付きのベッドに至っては、乙女のような華やかさだ。この派手好きが家を傾けたのだろう。引き出しという引き出しはそれと悟られぬように探り、クローゼットの奥からコートのポケットに至るまで細かく調べた。しかし、探している懐中時計はどこにも無い。売りに出すといってもあれはルーカスの手作り品だ。派手な装飾もなく有名な職人のものでなければ古物商も買い取ったりはしない。ここに無いとすると……。

ウィルは顔を上げて猫の部屋へと続くドアを凝視し、溜息をついた。

「仕方がない」

懐からシルクの黒い布を取り出すと、目だけを残し顔の下半分に巻きつけ、デボラの部屋のランプを消してから、猫の部屋へと続くドアの取っ手に手をかけた。とたんにガリガリとドアに爪をたてる音がする。仕方なくゆっくりとドアを引くと白く長い毛の猫がこちらにこようとしたため足で制し、人一人が通れる分だけ開いて、ようやく猫の部屋へと入った。

そこはランプがいくつも灯っていて充分明るく、部屋中をくまなく見渡せた。そのためこの部屋に猫が10匹はいるであろうことがわかりウィルをげんなりさせた。その間にも先ほどの白い猫は足元にまとまりついて離れない。そこでたまらずくしゃみが出た。他の猫はウィルの登場にはあまり関心を示さず、警戒心がまるでないようだ。猫のタワーを登り降りしたり、クッションやソファに寝転がったりと自由気ままに動いている。ケビンが言っていたように、掃除もきちんとされていて、異臭をはなつということはなかったが、マスクをしているとはいえ、ウィルにはどうにも鼻がむずがゆくてたまらない。

とにかく気を取り直して時計の捜索にかかった。その部屋にある小さなキャビネットの中は、すべて猫のおもちゃやお菓子などの猫用品で満たされていて目当てのものはない。

ウィルは覚悟を決め、猫のタワーの中をのぞいた。それは猫が上りやすいように等間隔に踊り場が付いており、2つほどバスケットのようになっている。一つには三毛猫が丸まっていたので、顔をそむけて手を伸ばしその猫をつまみ上げたが、その下には柔らかいおもちゃがあるだけだった。それからソファの上のトラ猫をどかしたり、灰色の短毛猫からクッションを奪ってその中を探ったりと、ウィルの人生でこれほど猫と仲良くしたことはない。くしゃみも何度したかわからないほどだ。

しかし、懐中時計はどこにもなかった。部屋の中央に棒立ちになり腕を組んでまわりを見回した。猫は相変わらず、ゆうゆうとしている。

「狙いが外れたか?」

ウィルは、またくしゃみをして鼻をすすり、思案に暮れた。

 

「まったく!大金が入ったら料理人を替えてやるわ!」

青筋を立てたデボラは食堂から出るや毒づいた。

「何が『お家のため』よ!使用人の食事を抜いてでも私のものを豪勢にすべきだわ!」

ハーン家の台所事情を考え、少しばかり抑えた夕食内容にした料理人を、デボラは叱りつけ、勢いあまって食事の途中で飛び出したところだ。その怒りに加えて、空腹はまだ充分に満たされていないため、腹立ちは加速する。

「ロゼッティーヌの縁談さえうまくいけば、あとは簡単なのよ」

そう呟いてから、闘志を燃やした。

「みていらっしゃい。私をばかにする使用人は総入れ替えしてやるわ!」

どすどすと歩きながら部屋に戻ろうとすると、廊下の先に小さな人影が見えた。

「あれは……ケビンじゃないの……辞めた使用人が私の家で何をしているの!」

怒り心頭に達し、デボラはスカートの裾をつかみ、なりふり構わず駆け出した。

 

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