たのしい毎日を過ごしましょ!

My Robber Prince ~猫と恋泥棒~ 第8章

夜もだいぶ更け、猫以外に通りを歩くものがいなくなった頃、ネッドはようやく家に帰りついた。そしてランプも点けずにベッドに倒れこむと疲れた手足をぐっと伸ばした。

まったく、親方には困ったもんだ。獲物をえり好みするし、今日みたいに仕事を途中でやめたりする。そのせいで、他のフリーでやってる連中より稼ぎが少ないんだ。盗賊稼業は楽で儲かると思ったけど、親方は厳しいし、毎日体がきついし、いまだにこのボロ家から出られずにいる。親方選びに失敗したかな。それともフリーに鞍替えしようか。それにしても……。

ネッドは寝返りを打った。

今日親方が途中でやめた獲物、知り合いみたいだったけど、ガードナー家って言ってたような……。まさかバレてなんかないよな。

「何ぶつぶつ言ってんだ?」

暗闇の中に声がしてネッドは「ひっ」と飛び起きた。

「だ、誰だ!?」

狭い部屋だったが、ウィルは木枠の窓の前に進み出た。月明かりがウィルの顔を照らす。

「ずっといたんだがな。お前が気付かないから。驚かして悪かったな」

「お、お前、昼間の!な、何しに来たんだ、どうしてここが」

威勢はいいが、腰が引けて声も震えている。

「いや、なに。ガードナー家に入ったいきさつを知りたくてな。それと持ち出した物の行方も」

「ななな、何を言ってるんだ、何のことかさっぱりわからないぞ」

「とぼけても無駄だ。全部わかっているんだからな」

ネッドは目をぱちくりしながらも、頭をぶんぶん振った。

「オ、オレじゃねえ。人違い、そうだ、まったくの人違いだ」

「へーいいのか?デニスに言うぞ」

その言葉でネッドはドキンと体をはずませ、わなわなと震えだし、とうとう床に突っ伏した。

「それだけは勘弁してくれ!なんでも言う、なんでも言うこと聞くから!」

デニスの脅威が既にネッドの体の芯まで染み入っているようだ。確かにウィルの知るデニスもまじめな堅物で、昔その弟分がグレイの掟を破ったときに半殺しの目に合わせていたのを思い出した。

「よし、全部話せ。デニスには内緒にしておいてやるから」

ネッドは涙をためた目で喜び、素直にするすると話し出した。

デボラ・ハーンがミラバー岳でデニス一味に襲われた際、その金品の受け取りに回収係りとして客車に近づいたネッドは、屋敷の住所が書かれた紙をこっそり渡され、「いい仕事があるから、あなた一人できなさい」とデボラに言われたのだという。

別の日に恐る恐るデボラの屋敷に行ってみると、ごちそうが出て歓迎され、盗みの仕事を頼まれた。調子に乗って引き受けたが、それがガードナー家だということをあとで知って断ったものの、デボラの恐ろしい剣幕でやらざるを得なくなったという。

「本当にオレはちゃんと断ったんだ。そんなことが知られたら親方からどんな目に合うか。だけどあのばばあもおっかなくてさあ。話を聞いた以上やらなければ命はないなんて言うから仕方なかったんだよ」

情けない声でネッドは必死に弁明した。

「しかし、どうやって入った?まさかお前が錠を破ったわけではないだろう」

「ああ、家の間取り図と一緒に鍵をもらったんだ」

「……なるほどな。で、どの部屋に入った?」

ネッドは頭をかしげて思い出しながらぽつぽつと続けた。

デボラが持っていた鍵は、『目くらまし』の廊下の先に入る鍵と書斎のものだけだったようで、その書斎の値打ちがありそうなものを適当に盗ってこい、と言われていた。しかし『目くらまし』の廊下の、でかい置物に夢中になっているうちに時間が無くなってしまい、朝になって人の足音が聞こえてきたので慌てて書斎に行ったという。だが、そこにはたいしたものが無いと感じ、すでに置物をいくつか抱えていたのでこれで充分だろうということで、一応机の上にあった懐中時計だけつかんで部屋を出た。鍵はかけるように言われていたので、それだけは忘れずにやり、しらじらとしてきた中を慌てて逃げた、ということだった。

「必死に働いたってのに、あのばばあ、オレの戦利品にケチをつけやがった」

こいつに頼んだのが、そもそもデボラの間違いなのだ。値打ち品など見分けられるはずがない。だが、何よりも価値のある時計をつかんだのはいまいましい偶然だとわかった。

「なぜ再び盗みに入らなかったんだ?鍵があるなら簡単だろう」

「ああ、いや……」

ネッドは言いづらそうに下を向き、上目使いでウィルを見た。

「慌ててたもんだから、どうやら帰りに鍵を落としちまったみたいで……」

どこまでも抜けた奴だ。ウィルは苦笑した。

「あのばばあ、合い鍵も持ってなかったみたいでカンカンでさ。約束の報酬もくれないで追い出されてそれっきりだ。オレも親方が恐いから、二度と行く気はないけどさ」

「ああ、それは正しい判断だ」

聞くことは聞いたので、ウィルはネッドに背を向けて部屋を出て行こうとした。

「ま、待てよ、本当に親方には内緒にしておいてくれるんだろうな」

ネッドは恐る恐る聞いた。

「ああ、男の約束だ」

「ありがてえ。だけど、お前いったい何者だ。オレとそう歳も違わないのに、なんで親方が一目置くんだ」

ネッドの言葉にウィルはにやりと振り向いた。

「この稼業はどうかとは思うが、おまえ、いい親方を選んだな」

問いには答えず、ウィルは背中ごしに手を挙げて部屋を出て行った。

 

 

翌日、バートからローズに聞いてもらったところ、やはり廊下の先の扉の鍵や書斎の鍵などがデボラの手に渡った瞬間があったという。それでも、ほんの少しの間だったそうだが、その間に粘土ででも型を取ったのだろう。

「それでは、デボラ様が?」

バートが驚いたように言った。

「ああ。だが、一応向こうも貴族なのだろう?なぜこんな真似を」

バートは大きく肩を落とした。

「デボラ様が親戚であると名乗られていらしたのは昨年でした。どうやら経済的に相当困窮されているご様子で。それまではお互いになんの交流もございませんでした。まさかこのようなことをなさるとは……。私の不徳の致すところでございます」

「悪いのは向こうだ」

経済面で困って、頼れる貴族を探すために家系図でも開いたのだろう。貴族間の婚姻が多い以上、たどればどこかで有力貴族がいるというものだ。しかしこれだけ遠い親戚では通常親しい付き合いはない。ところがデボラには運よく、ガードナー家には後継者争いをするような親族がおらず、主人も亡くなったばかりで若い娘だけときたら、入りこむのも容易と考えたのだろう。

「実は、デボラ様には、ご親戚ということもあり、お嬢様に了解をいただいて多少援助をさせていただいておりましたが、年のはじめあたりにその額の値上げを要求されまして。もともとの額も十二分なものと私は思っておりましたので、お断り申し上げました。それゆえの強行だったのでございましょうか」

「それもうまくいかず、今度はローズごと取り込もうとして、見合い話、というわけだな」

ローズに対する態度からして、その目的はあまりにもわかりやすく、考えていることは手に取るようにわかる。

そこへケビンがノックをして部屋に入ってきた。

「兄貴、オレに用事って聞いたんだけど」

「ああ、仕事中悪いな」

ケビンは頭にタオルを巻き、腕まくりをしてモップを抱えている。どうやら掃除の途中であったらしい。真面目に仕事をしているケビンに目を細めながらウィルは口を開いた。

「ハーン家の内情について聞きたいんだが」

意外な質問にケビンは少し驚いたが、モップを置いて腕を組むと話しはじめた。

「ハーン家のご主人は質素でいい人だったんだ。じいちゃんもオレも世話になった。でもご主人が亡くなったとたんにあのおっかない夫人は派手な生活を始めた。それに賭博をするクラブなんかにも通い始めたって聞いた。それであっという間に家が傾いたんだ。もともとたいした資産があったわけでもないからな。それで少しおとなしくなったんだけど、オレがクビになる少し前くらいからまた派手な生活をしはじめた。使用人の間でも、きっといい金づるを見つけたんだって話していたんだよ」

「金づるねえ」

ガードナー家はこれ以上ない金づるだろう。しかしバートがガッチリと経済面を固めているからデボラの好きにはできなかっただろうが。

「それとケビン、ハーン家の改装を援助することになったんだが、家の間取りを聞き忘れたんだ。悪いが教えてくれないか」

さりげなく言ったにもかかわらず、ケビンは一瞬ウィルの顔を見上げてけげんな顔をした。しかし「いいよ」とだけ言うと、テーブルに広げてある紙につたないながらも一生懸命ハーン家の間取り図を書き込んだ。

「これはなんだ?」

小さな中庭に面する一番日当たりの良いと思われる出窓のある部屋に、ケビンは小さな4本脚の生き物らしきものをたくさん書き込んだ。

「猫だよ。この部屋は猫の部屋なんだ。夫人は大の猫好きでご主人が亡くなってまずしたことが、そのご主人の部屋を猫の部屋にしたことさ。この部屋の掃除はとにかく大変だったよ」

ケビンは思い出しながらわざと顔をしかめた。

またしても猫か。

ウィルは難しい顔をした。この国の仕事は本当にやりづらい。

 

 

日が暮れてから、ウィルは厩から静かに馬を出し、鞍を付け始めた。すると、厩の奥の藁がほんの少し音を立てた。

「……ケビン。そんなところで何をしてるんだ」

ウィルがあきれて言うと、ケビンは諦めて、頭までかぶっていた藁の山から這い出してきて、えへへと笑った。

「今日のお屋敷の仕事はちゃんと終わったんだ。オレも連れてってくれよ」

「これはオレの仕事だ」

懇願するケビンに取り合わないでいると、ケビンはむっとして小さな声で言った。

「連れてってくれないと嬢ちゃんに言うぞ」

「なに」ウィルは苦笑した。「オレを脅す気か」

「そうじゃないけど、兄貴の力になりたいんだよ」

「オレが何をしに行くかわかってるのか?」

「ハーン家に行くんだろ?訳は知らないけど、兄貴のことだから忍びこむ気かと思ってさ。ならオレ、じいちゃんのものとか、まだ使用人の部屋に置かせてもらってるんだ。取りにきたっていえば、使用人仲間が入れてくれる」

ウィルは鞍を付ける手を止めてケビンを見た。

「なかなかいい案だな」

ケビンはガッツポーズをして飛び上がった。

 

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