My Robber Prince ~猫と恋泥棒~ 第7章

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「ウィリアム様にご兄弟がいらっしゃったとは」

屋敷に戻ると、バートが目を丸くして二人を迎えた。

「なあ、兄貴、このうちすげえな。前の家とは比べ物にならないぞ」とケビンがキョロキョロと玄関ホールを見回し、ウィルに向かって言ったからだ。

「いや、弟じゃないけどな。器用な奴だから雇ってやれよ」

「え?」

二人は同時に聞き返した。

「いいのか?いいのか?」

ケビンは信じられないという顔をしてから、喜び勇んでバートの返事も待たずにその手を取った。

「オレ、ケビンって言います。ガキだからどこにも雇ってもらえなかったけど、オレ何でもできるんだ。どんなことでも言いつけてください!」

その熱意にバートは苦笑しながら「ウィリアム様の推薦ならばなんの問題もございません。よろしくケビン」とうなずいた。

ケビンが「うひょー」と喜びながら舞い踊っていると、奥の応接室からローズと、例の遠い親戚の叔母、デボラ・ハーンが出てくるのが廊下の先に見えた。

「ああ、外の馬車はそういうことか。また来ていたんだな」

「はあ、今日は早くからいらっしゃいまして、ロゼッティーヌお嬢様をお放しにならず、なにやらゴリ押しを……いえ失礼」

バートですら辟易とさせる存在であるらしい。ふと見るといつのまにかケビンの姿が無かった。

デボラは怖いくらいの満面の笑みでローズに話しかけ、徐々に近づいてきた。ローズは困ったような笑顔を浮かべている。デボラはウィルに気づくと、笑顔を消し眉間に皺を寄せた。

「あら、あなた、まだいらしたの?」

「あ、叔母さま、今日はいろいろありがとうございます」

デボラの文句が出る前に、ローズがさえぎり、バートが開けた玄関ドアに導いた。

「早く決心してちょうだいね。叔母さまは楽しみにしていますからね」

ころころと表情を変えて、デボラは出て行った。

玄関ドアを閉じるとローズもバートもそろって大きく息を吐いた。

「親戚づきあいも大変だな」

ウィルはなぜかむずがゆくなった鼻をこすりながら言った。

「ところで何を決心するんだ?」

何気なく聞くと、ローズは恨めしそうにウィルを見上げて言った。

「ここでは使用人が少なくて不便だろうから、叔母さまのお屋敷で私の面倒を見たいとか。それからお知り合いにとても素敵な方がいらっしゃるから私に会わせたいとも。どちらもすぐお断りしたのに、なかなか引いてくださらなくて。考えておきますって言ったらやっとお帰りいただけたの」

「お、見合いか。ローズもそういう年頃になったんだな」

感慨深げにウィルが言うと、ローズは口をとがらせてプイっと横を向いてしまった。

「なあ、今の。この家の知り合いか」

どこに行っていたのか、ふいに姿を現したケビンが恐る恐るという感じでウィルに尋ねた。

「ああ、このガードナー家の遠い親戚だそうだ。なんでだ?」

「オレの前の雇い主なんだ」

「……へえ」

ウィルはニヤッと笑った。「あのミラバー岳で強盗にあったっていう?」

「うん、そうだよ。世の中狭いよな。オレあの人苦手だから、とっさに隠れちゃったよ」

ローズが、初めて会う少年を不思議そうに見た。

「あなたは?」

「お嬢様、こちらは今日からこのお屋敷で働いてもらうことになったケビンですよ」

ケビンは慌ててローズに向き直った。

「よろしくお願いします!」

「かわいい使用人さん。こちらこそよろしくね」

ケビンが照れながら挨拶している間、ウィルは心ここにあらずという様子で黙り込み、何やら思案していた。

 

 

当面の料理人は手配済みで心配はなくなった夕食を終え、ウィルは聞きたいことがあり、散歩も兼ねてケビンを探した。中庭に出てしばらく行くと、話し声が聞こえてきた。

昼間の厚い雲が取れ、ほとんど丸に近い大きな月が広い中庭を隅々まで明るく照らしている夜だった。

「嬢ちゃんは兄貴が嫌いなのかい?」

ケビンの声が聞こえて、ウィルは足を止めた。

「違うわ、そんなことない」

ローズの声が続けて聞こえた。どうやら二人は一緒にいるらしい。少し歩を進めると、中庭の中央にあるあずまやに二人の姿が見えた。ケビンがトレーを持っていたので、中庭にいたローズにお茶を運んできたのだろう。

「そんな風に見える?」

「うん、食事のときとか、なんか避けてるみたいに見えた」

ローズは大きく溜息をついた。

「ウィルもそう思っているのかな」

「さあ。兄貴に聞いてみようか」

「ううん、いいの」

ローズは即座に断った。

「本当は素直になりたいの。だけど、なんだか引っ込みがつかなくなってしまって……。だって……。だってね、ウィルは嘘つきなんですもの!すぐ会いにくるって言ったのに、あれから8年もたったのよ!」

ウィルは小さく噴き出した。そうか、ローズはやはりそれでオレのことを怒っていたのか。

「よし、兄貴が悪いんだな。じゃあ、オレが兄貴に、嬢ちゃんに謝るように言っといてやるよ」

「ううん」ローズは頭を振った。

「……本当はね、ウィルがお仕事で忙しいのはわかってるの。私になんかかまっていられないっていうのもね」

ローズは寂しそうに下を向いた。

「ウィルが帰ってきてくれて本当にうれしかった。私ずっと待っていたんだもの。だけど、久しぶりに会ったウィルはとても素敵な大人になっていて、なのに、あたしはまだまだ子供。なんだか恥ずかしくなってしまったの。でもね、ウィルが、ローズって呼んでくれた。そう呼んでくれるのはお父様とウィルだけよ。私、本当はとてもとてもうれしいのに……」

それから、くっと顔を上げた。

「ありがとう、ケビン。私やっぱりまだまだ子供ね。今度はちゃんと素直になる。ウィルにはおかえりなさいもまだ言ってないもの」

ウィルは小さく笑って、その場を離れた。

13年前、打ちひしがれたウィルがルーカスに連れられ初めてこの屋敷にきたとき、そこに、まだ幼かったローズがいた。無邪気な、屈託のない笑顔でウィルを迎えたローズ。そのときウィルは、小さな天使が現れた、と思わず錯覚してしまった。

やわらかな金色の巻き毛ときらきらした瞳、ふんわりとした白い服をまとった小さなローズは、ぼろぼろになっていたウィルに臆することなく近づいた。そして、思いがけずその頭をよしよしと撫でてくれたのだ。

冷たく凍っていた心が、暖かなものに包まれて溶けていく気がした。

天使が現れた。グレンもきっと天使とともに天国に行ったに違いない。今頃は安らかな気持ちで、楽しそうに下界を眺めているのかもしれない。グレンにまた怒られたりしないように、僕はがんばらなくては。

そのときウィルは、やっとそう思えた。そうしてなんだかとても安心してしまい、その場で、おいおい泣いてしまったのだ。それでも、ローズはずっとウィルの側にいて、ウィルの頭を撫で続けてくれた。

……この一件が片付いたら、ちゃんと謝らないとな。

ウィルは昔を思い出して鼻をこすった。

ケビンへの用は明日にすることとし、その足でウィルは、夜道を馬で駆ってトーマスの店へと向かった。以前来た昼時よりも一層込み合っている店内では、トーマスと腹の大きなクレアが忙しく立ち働いている。

「この時間はマズかったかな」

カウンターの端に空席を見つけ座ると、トーマスが目ざとく見つけやってきた。

「友よ!よく来てくれた。今日は何がご所望だ?残念ながら、時計の情報はまだないぞ」

そう言いながらカウンターに入り、素早くジンをグラスに注いで出してくれた。

「デニスのところのネッドっていう若造の居所を知りたいんだが」

「あ?デニスか?手っ取り早いのはグラバー岳に行けば会えるぞ」

「デニスには知られたくないんだ」

「なるほどな。わかった。……ちょっと待ってろよ」

トーマスは店内を見渡すと目星をつけ、酒を作ってカウンターを出て行った。騒がしい店内で耳を澄ませているとトーマスの愛想のいい声が聞こえてきた。

「なあ、あそこの角のテーブルのヤツにまた酒頼まれたんだけど、見ろよ、もうダウンしてるじゃないか。これ以上飲ませたら、オレが家まで送る羽目になるぞ、誰か、あいつの家知ってるか?」

まわりの男たちはいっせいにテーブルに突っ伏している男を見たが、顔が隠れていて誰だかわからない。

「誰だあいつ?」

「えーと誰だったかな?たしかデニスんのところのヤツだったと思うけど、ネッドって名前だったかな」

トーマスは首をかしげながら言った。

「ああ、ネッドの家なら知ってるぞ」一人の男が詳しく家の場所を説明してくれた。

「おお、助かるよ」

そう言ってから、トーマスはダウンしている男の顔を覗き込んで、「いや、違った、こいつはライスだ。悪いな、誰か知ってるか?」

ともう一度聞き返していた。

しばらくして戻ってきたトーマスは、ウィルにウインクをして見せた。

「ありがとよ」

ウィルは感心しながら、情報代を含めた酒代を渡そうとすると、トーマスにきっぱり拒否された。

「おまえからは受け取らない。オレとお前はガキの頃からの相棒だってこと、忘れんなよ」

トーマスは得意満面の笑みで言った。

「ああ」

ウィルは照れくさい気持ちを隠して苦笑し、礼の代わりにジンのグラスを掲げた。

 

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