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My Robber Prince ~猫と恋泥棒~ 第5章

ウィルが屋敷に戻ると、バートが困り顔で近づいてきた。

「申し訳ございません。本日の料理人が見つからず、夕食はだいぶお粗末なものになるかと」

昨夜の食事は、昼までの契約の料理人が作り置きをしていたというバートの話を思い出した。

「バートが作るのか?オレは食えればなんでもいいよ」

ウィルが笑って言うと、バートは声をひそめた。

「いいえ、お嬢様が……」

「何?」

貴族の娘は厨房には立たない。それが常識だった。

「お嬢様はウィリアム様に歓迎の意を伝えたいのです。なんとしても自分が作るときかなくて」

そのとき奥から大きな音がした。鍋が数個転がった音だった。そして、漂ってくる焦げた匂い……。

「これは、食えるかどうかも怪しいな」

ウィルはバートと顔を見合わせ、厨房に急いだ。

思った通り、そこは惨憺たる状況と化していた。広い厨房は存分に生かされ、どこもかしこも散らかっていた。鍋は噴きこぼれ、オーブンからは黒い煙が漏れている。

ローズは慌てふためきながらも、なんとか状況を収めようと、鍋の蓋を素手で取ろうとしていた。

「おっと」

ウィルがその後ろからローズの手をつかみ、もう一方の手でガスコンロの火を止めた。そして布巾をつかんでその上から鍋の蓋をつまんだ。ローズが覗き込まないように押さえながら、ゆっくりと蓋を持ち上げると、沸騰後の白い泡だらけの中身が見えた。かろうじて焦げてはいない。

オーブンの火も止めたが、こちらのほうは見るまでもなく、全滅だと思った。

「うーん、派手にやったな」

ウィルがあたりを見回してうなった。

「町では食事作りは女の仕事だと……。私こんなの簡単だと思ったのだけど」

見るからに落ち込んでいる。

「まあ、なんでもやる気は大切だ」

ウィルはポンとローズの頭に手を置いた。「よし、今日は一緒に作るか」

ローズは驚いて顔をあげた。

「できるの?」

疑わしい目をしている。

「オレにまかせておけ」

頼もしく言って、ウィルは手際よく片付けながら、料理の補修を始めた。ローズにも簡単な手伝いをさせ、遠慮なくこきつかった。

バートはそれを微笑ましく見ていた。

さすが、材料だけは良いものがそろっていたため、食卓は豪華なものとなった。

メイドがいなくなってからは、ともに食事をとっているというバートとともに、3人で食卓を囲んだ。

「ウィリアム様がこのようにお料理上手であったとは。職を変えられてはいかがですが。ガードナー家の専属料理人としてお雇い申し上げましょう」

バートの本気ともとれる冗談に、ローズはおかしそうに口元を押さえてから、慌ててコホンと咳払いをした。

グレービーソースのかかったローストビーフに舌鼓を打っていると、広間から人の気配がした。一瞬警戒したが、かつかつというヒールの、大きな足音が聞こえてきてバートが溜息をついたため、ウィルは気をゆるめてドアを見つめた。

両開きのドアが大きく開き、恰幅のいい中年の女性が、媚びた笑みを浮かべて現れた。その服装は、悪いものではないがあまりにも派手で似合っておらず、化粧も濃すぎてお世辞にも上品とは言い難い。

「料理人がいなくてお困りと聞きましたの。是非私の家にご招待させていただきます…わ…」

無遠慮に勢いよくしゃべりだしたが、豪勢な食卓を見て、尻すぼみとなった。

「あら、料理人が見つかりましたのね……いったいどうやって……」

あからさまに不機嫌な表情を浮かべてから、ウィルに目を止め叫んだ。

「バート!大切なロゼッティーヌのいるこのお屋敷に、若い男を入れたりして変な噂でもたったらどうするの!不謹慎きわまりないわ」

息巻いている中年女性に、バートは小さく溜息をついてから言った。

「こちらはウィリアム様とおっしゃいまして、旦那様の大切な客人でいらっしゃいます。私一人では不用心ですので、無理を言って来ていただいたのです」

「そんなことなら、いくらでも私に言ってくれればよいのです。ロゼッティーヌのためならなんでもいたしますわ」

鼻息も荒くそう言ってから、ローズに向き直り猫なで声を出した。

「ロゼッティーヌ。何か困ったことがあったら、いつでもこの私に言うのですよ。叔母さまはあなたのためなら何でもしてあげますからね」

それから、またバートを見て、「今日は帰ります。ロゼッティーヌのこと、くれぐれもよろしくお願いしますね」と叫び、出て行った。

「……なんだ、あれは」

竜巻のような女に、ウィルはあきれて、ドアを見つめていた。なぜか鼻がむずむずする。

「デボラ・ハーン様とおっしゃいまして、ご親戚の方、といいますか、正確には、旦那様のお父上、大旦那様の弟君の奥様の妹君が嫁がれた先の義理の弟のご息女、でいらっしゃいます」

バートは困り顔で言った。その表情がすべてをあらわしている。

「……それは、親戚と呼べるのか?」

ウィルが言うと、バートも苦笑した。

「旦那様も奥様も一人っ子でいらっしゃいましたし、大旦那様の弟君にはご子息がいらっしゃいませんでした。ガードナー家には親戚と呼べる方がほとんどいないのでございます」

「まあ、多すぎて相続争いが激しいのも困るがな」

巷ではそういう貴族も多いものだ。

ローズを見るとデボラの出現を気にも留めていないように、おいしそうに食事を続けている。たった一人のガードナー家の後継者。今はバートがいるから心配はいらないが、この先大丈夫なのだろうか、と不安がおこらないでもない。

「うまいか?」

ウィルが聞くと、ローズは失態でも見られたかのように慌ててゴクリと口の中の物を飲み込んだ。それから、「まあまあ」とつぶやき、何故か口をとがらせ、そっぽを向いた。

いつからこんな怒りんぼうになったのだろう。オレがいったい何をしたというのだ。

ウィルは小さく溜息をついた。

 

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