My Robber Prince ~猫と恋泥棒~ 第13章

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デリンジャー家が主犯であることが分かった以上、王室が動いた方が手っ取り早い。ウィルは、何かわかったら報告するように、というクローディアの言葉通り、王宮へと向かった。

「本当にオレが入れるのか」

疑問に思いながら、まず第一の関門、背の高い柵を張り巡らされた門で、王宮の警護をしている無表情な近衛兵に、用件と自分の名を告げた。

「承っております。ご案内いたしますのでこちらへ」

思いのほかすんなりと王宮の門をくぐることができた。

さすがのウィルもグランディス国の王宮に入るのは初めてだ。警護の兵について行き、城壁の門をくぐり、小さな前庭を抜け、石造りの建物に入った。ここが王宮か、という感慨は感じられなかった。暗めの廊下は、思ったより華美な装飾はなく、少し拍子抜けした。これならば、いっぱしの貴族の屋敷のほうがまだ立派かもしれない。

かつての戦乱の世の悪名高い破壊王は、派手な生活をしていたというが、平和な国を作ったアンジェラ女王は節制を重んじ、王宮もコンパクトにしたという話は聞いている。

入り口からほど近い応接室に通され、ウィルはソファに腰を下ろした。天井の高い部屋は歴史を感じさせ、調度品も重厚なものであったが、全体的に質素な部屋であった。しかし王宮の奥には、貴賓のための応接室があるのかもしれない。

しばらくしてお茶が運ばれ、そのあとすぐにクローディアが現れた。

「何がわかったの?」

開口一番厳しい口調だ。挨拶も何もない。国の平和を維持するためには一刻を争う。余裕があるように見せていたが、クローディアはその緊張感を常に持っているのだろう。

「デリンジャー家だ」

ウィルの答えに、クローディアは息を呑んだ。

「まさか……」

腕組みをし、口元に左手をつけながら、室内をうろうろし始め、考えをめぐらせている。

「……確かに、デリンジャー家の当主は相当の宝飾品コレクターとして名前が知られているわ。だけど、あれだけ裕福な貴族が、なぜそんなことを」

「金では買えないものだからだろ」

誰も手に入れることができないもの。だからこそ手に入れたいと欲深くなるのだろう。

「あとはそっちでやってくれ。問い正すなりなんなり」

「それは無理よ」

クローディアは即答した。

「もし本当にレギナスの王冠を持っていたとしても素直に返すとは思えないわ。知らぬ存ぜぬで通されれば、こちらでは何もできない。証拠があるわけでもなく、あなたからの情報だけでは信憑性に欠けるもの。結果、あらぬ疑いをかけられたと世間に触れ回られたりしたら、王の威厳が失われるわ」

「王の威厳ね」

ウィルが繰り返すとクローディアは口惜しそうにつぶやいた。

「まだあまり無いけど」

ウィルはふっと笑った。

「我がことのように悔しがるんだな。相当心酔しているらしい。王も良い側近をもったものだ」

「そういうわけじゃないわ。ただ……ただ私は恐れ多くも王とは乳兄弟にあたるのよ。正確に言えば私の妹と乳兄弟なのだけど。母が王の乳母なの。……昔から、もう一歩の押しが足りないのんびりとした子で、私がお尻を叩いて急かしていたわ。ずっと先だと思っていた即位の時がこんなに早くくるなんて……。まだまだ王になる前の準備をして欲しかったのに」

「ほう」

熱心に語るクローディアを意外に思った。ただの忠義心ではなく、家族のような愛情を持って王を支援している。感心したウィルに気づき、クローディアは、しまった、という顔をした。

「あなたにこんなこと話す必要はなかったわね。今のは忘れてちょうだい」

そのとき、仕事の顔に戻ったクローディアの背後の窓に人影が見え、ウィルは一瞬警戒した。

「何?どうしたの」

「いや、王宮の中なのだから心配はないと思うが」

窓の外を見ていると、またもや人影が現れた。今度は少しゆっくりとした動きで、さりげなさを装い、中をのぞいて、窓枠の外に消えた。

「庭師か?」

麦わら帽子をかぶった顔だけが見えた。

クローディアは驚いて振り返った。そのとき、また同じ麦わら帽子が現れて消えた。今度は明らかに、ふくよかな、笑みをたたえた顔が見えた。

「陛下!」

「何?陛下?アルバート国王か」

クローディアは慌てて駆け寄り、両手で窓を押し開けた。

「陛下!お待ちいただくよう申し上げたはずです。こんなところで何をしているのですか!」

窓から体を左側に乗り出し、クローディアは叫んだ。それから「まったくしょうのない……」とつぶやきながら、ウィルのことなど眼中にないように、部屋を出ていってしまった。

ウィルは唖然としてそれを見送った。

今のが国王か。かなり若かったが、確か御年20歳であられたはずだ。しかし童顔なのか10代にも見える。おっとりとした印象の、愛想のいい国王であった。

「あれに威厳を感じろと言っても無理があるな」

これでは貴族になめられてもしょうがない。クローディアが心配するのもわかる気がした。

しかし、国王が、こんな入り口にほど近い貧相な応接室まで、一人でのこのこやってくることは通常ありえない。一国の主たるものは奥のきらびやかな謁見室でふんぞり返っているものだ。

「……散歩か?」

麦わら帽子をかぶっていた。しかし今日は曇り空だ。

「……変装か」

明らかにこの部屋を気にしていた。いったい何の用があったのか。

しばらくしてクローディアは一人で戻ってきたが、ソファに座り込むと溜息をついた。

そしてウィルをちらりと見てコホンと咳払いをする。

「失礼したわね」

「いや、いいが……今のが本当に国王か?いったいこんなところで何をしていたんだ」

クローディアはあきれ返った様子でなげやりに言った。

「あなたに会いたかったんですって」

「オレに?」

意外な言葉にウィルは驚いた。

「そうよ。どこで知ったのか私も知らないけど、もともと今回の件にあなたを指名したのは陛下自身なの。運が良ければガードナー家にいるかも、とまで言っていたわ。それでも、陛下を信用しないわけではないけど、仕事の依頼をしたのは私があなたの身辺調査を確実に行ってからよ。でも、陛下に会ったことはなかったんでしょ」

「ああ、もちろんだ」

この国の王に知り合いはいない。

「まあ、どっかの貴族からでも話を聞いたんだと思うけど」

ありえるのはルーカスである。ルーカスは大学の教授という仕事とともに、貴族院の議員でもあった。そのため、王室とのつきあいもあり、ときどき王宮に出かけていた記憶がある。しかし自分の話をわざわざ陛下にするだろうか、とウィルは疑問に思った。となると……。

「陛下はあなたに一目会えて喜んでいたわ。……まったくこんなだから貴族からの尊敬を得られないのよ。いつまでも子供なんだから」

ぷんぷん怒るクローディアだったが、ふと我に返り姿勢を正した。

「陛下にデリンジャー家のことは伝えたわ。やはりこちらが動くことはできない。あなたが見つけだしてくれたら、それを証拠に厳しい罰を与えることができる」

「……盗め、ということだな」

クローディアは大きくうなずいた。

 

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