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My Robber Prince ~猫と恋泥棒~ 第12章

ウィルがもうしばらくこの国にいることになった。それはうれしい。本当にうれしいのだけど。

ローズは、前庭の手入れをしている手をとめて顔を上げ屋敷の方を見た。応接室には今日もあの御使者が来ている。とてもきれいな、大人の女性の……。

お仕事のお話、ということは聞いている。ウィルがどんな仕事をしているのかも、お父様から聞いて知っている。

だけど、帰り際にウィルを見た御使者の目は、仕事のそれとは違った気がする。だから、あの部屋で二人が楽しくおしゃべりしている姿を想像すると、胸のあたりがとても苦しくなる。

ローズは首を振った。

私、もう子供じゃないもの。ウィルの良き理解者となって、お父様のようにウィルを助けてあげなくちゃ!

そう力強く思いうなずくと、ローズは枯れ木のような植物を吟味して、えりすぐりの一本を丁寧に土から根ごと掘り出した。

 

 

「まったく、雲をつかむような話だな」

ウィルはあきれて言った。

「あなたが噂通り超一流の仕事人なら、訳ないんじゃなくて?」

そう言って、再び訪れた国王の使者であるクローディアは、勝気な笑みを浮かべた。依頼者とは思えない、できるものならやってみなさいという挑戦的な瞳だ。

前回の訪問は面接であったらしく、仕事の詳しい話はなかった。ここに再び彼女が来たということはどうやら面接は合格したらしい。

そして、今回。詳細を聞く前に仕事を受けるかどうか返事をしろと言う。今わかる依頼内容は「どこにあるかわからないものを、探して盗め」だ。それが何であるかさえ、まだ聞いていない。

「やるの?やらないの?」

クローディアは楽しそうに流し目を送った。

「ウィリアム・ゴードウィンがこんな色男だったとはね。私としては是非一緒に仕事がしたいところだけど」

本気かどうか、ウィルを挑発する。こんな美人に言われてはウィルもクラリとしなくもない。

「わかったよ。やろう。詳しく教えてくれ」

話を聞かないことにはらちが明かない。ウィルはひとまずそう言った。

その途端、クローディアは背筋を伸ばして、なぜか、大きく開いた胸元から封筒を取出し、中の紙を広げて読み上げた。

「勅旨。ウィリアム・ゴードウィン。貴公に、レギナス国宝物の奪回を命ずる」

「レギナス国、宝物?」

王宮での様子を伺わせるクローディアの豹変ぶりにも驚いたが、その盗む物を明かされて、ウィルはあっけにとられた。

クローディアは姿勢を崩し、笑みを浮かべた。

「まあ、平たく言えば、王冠、よ」

「なに?レギナス国の王冠、それがこの国にあるのか?」

ウィルの驚愕した様子にうなずき、クローディアは話し始めた。

 

先日、王室にレギナス国より使者があり、その内容が『直ちに王冠を返還するように、さもなくば、強硬手段も辞さない』というものであった。

当然、我が国の国王も側近もなんのことかさっぱりわからない。急ぎこちらからも使者を立て、身に覚えがない旨と、説明を請う内容を伝えたところ、使者が青い顔をして帰ってきた。

我が国の言葉を話す盗賊が、補修に出していた職人の手から王冠を奪い取っていったのだという。追いかけたところ、シルクハットをかぶった年配の男が馬車で待ち受けていて、そのまま逃げ去ったのだそうだ。シルクハットは我が国では正装であるが、レギナスではかぶるものはほとんどいない。

「そこまで見られて、その職人はよく命があったものよね。シルクハットの男は殺せと叫んだそうだけど、盗賊はそうはしなかったんですって。一緒に追いかけた弟子の、母親がたまたま我が国の出身で言葉がわかったらしいの」

ウィルは腕をくんだ。

「……貴族が絡んでるってことか」

「そうは思いたくないけど、おそらく。陛下も暗い顔をなさっていたわ。もっと堂々と捜査ができればいいのだけど、もし違っていたら貴族の反感を買うのは必至。今は大事なときだからそれは避けたいの」

国王は王位継承して間も無く、治世には貴族の協力が欠かせない。それでなくても世情が乱れはじめているところで、貴族を敵にはまわせない。

「それが返せなかったら、また戦争が始まるということか。あそこの国王は血の気が多いからな」

幼い頃の戦乱の世を思い返す。現在は友好的な関係を築いているが、レギナスはかつての敵国であった。当時に戻るような事態になったら……。

ウィルはひそかに身震いした。そして、グレンの最後を思い出す。そんなことになったら、グレンが身を挺して作った今の平和な国が崩れ去ってしまう。

ウィルは思い定めて言った。

「わかった。確かに引き受けた」

クローディアは今までの強気な姿勢をくずし、安心したように微笑んだ。

「本当は最初、私個人としてはあなたも容疑者の一人だったの。だけど一目見て違うとわかったわ。盗賊は額に傷のある銀髪の初老の男よ」

ウィルはうなずいた。それが誰なのかウィルには既にわかっていたのだ。

 

「お、ウィル!なんなりと!」

トーマスがうれしそうに迎えてくれ、ウィルは苦笑した。

「お前に頼られるなんてうれしいね。で、今日はなんだ?」

まだ早い時間だったため、それほど客もおらず、トーマスはお約束のジンを両手にテーブルの向かいに座った。

「ボートランドは今どこをねぐらにしている?」

とたんにトーマスは眉を寄せた。

「会うつもりなのか?」

「いや。まあ、場合によってはな」

「おいおい、やめとけよ」

手を振ってトーマスは難しい顔をした。

「あのときのことを忘れたのか。あいつはお前に恨みを持ってる。夜な夜な額の傷がうずくんだそうだ」

顔を近づけて声をひそめるトーマスを押し返して、ウィルはにこやかにもう一度言った。

「ねぐらはどこだ?」

 

 

トーマスに無理やり聞き出した場所に来て「さて、どうするか」とウィルはつぶやいた。そこは都からそう遠くはない森の中で、その佇まいを同化させるようなログハウスが建っていた。

しばらく木の陰から様子を伺っていると、手下であろう人相の悪い男が数人出入りした。ボートランドの姿はまだ見えない。中にいるのだろうか。

貴族とつるんでいるのなら、いつかは本人か手下がそこへ行くか、貴族のほうから使いがくるに違いない。

手始めに適当な手下の後をつけてみることにした。しかしその男は酒場に行き、しばらくして出てくると、まっすぐに自分の家らしきところに帰って行った。どうやらハズレのようだ。

翌日もしばらく様子を見てみるが、今日は人の出入りが多い。その日は手下の中でも中堅どころかと思われる態度の男の後をつけてみた。

酒屋で酒を買い、歩きながら飲み出したところ、そのうち足元がふらふらとしてきた。裏通りから、貴族の屋敷が並ぶ大きな通りへと出たため期待したが、それらの屋敷には見向きもせず、そのうちまた細い通りに入り、結局、女のところにひっこんでしまった。

……ボートランドに直接聞くわけにもいかないしな。これだけ手下がいるなら誰か一人つかまえて問いただしたところで、そいつが何にも知らなかったら、余計な警戒をされるだけだ。

ガードナー家の屋敷に戻ってきてあれこれ思案していると、仕事を終えたケビンが近づいてきた。

「兄貴、何か困っているみたいだな。オレなんでもするから言いつけてくれよ。昨日、新しい使用人も二人入ったから、休みならとれると思うぞ」

「何を言ってるんだ。まだ仕事を始めたばかりだろ。そんなわがまま言うものじゃない」

ウィルが戒めると、ケビンは声をひそめた。

「これは内緒って言われたんだけど、実は嬢ちゃんから頼まれたんだ。兄貴が困っているみたいだから助けてやってくれって」

ローズの気遣いには感謝するが、ケビンに助けを求めなければいけないほど困っているように見えたとなると、考えものだ。

それに、ケビンがこっちの世界に首をつっこむのは気のりしなかった。だが、今回は国家存亡の危機で急を要する。仕方なく頼むことにすると、ケビンは大喜びした。

翌日ボートランドのねぐらに二人でやってきて、しばらく様子を見ていた。やはり若い手下たちが頻繁に出入りしているが、ボートランドが出てくることも、貴族の使いがくるようなこともなかった。

ケビンの尾行がお粗末なのは既にわかっているので、見張りを頼み、ウィルはまた適当な手下の後をつけてみることにした。

「いいか、このねぐらの盗賊と関係のある貴族が誰か知りたいんだ。貴族の使いらしき馬車がきたら、馬車にある紋章だけ見るんだ。後はつけなくていい。もし、銀髪の額に傷のあるいかつい男が出てきたら、決して動くな。お前の尾行は必ず気付かれるからな」

「なんだよ、オレだってやるときはやるぞ」

「いいから、言うとおりにするんだぞ」

ふくれるケビンを置いて、ウィルは手下の後をつけたが、その日はさんざんあちこち連れまわされ、結局空振りだった。仕方なくガードナー家の屋敷に戻ると、時間になったら帰るように言っておいたケビンが戻っていて、目を爛々とさせてウィルを迎えた。

「兄貴、オレやったぜ!銀髪の額に傷のある恐い顔のおっちゃんの後をつけたら、貴族の屋敷に入るところを見たんだ。これでオレのこと見直してくれただろう?」

「なに?」

あれだけ言ったにも関わらず、ケビンはボートランドの後をつけたのだという。そして、難なく貴族の屋敷に入るのを見届けた。

「どこの屋敷だ」

にわかには信じ難いが、得意げに話すケビンから場所を聞くと、ウィルはその屋敷へと急いだ。夜もだいぶ更けていたが、ケビンが見た時間からすると、まだボートランドはその屋敷にいるかもしれない。

そこは、この国の中でも有力貴族であるデリンジャー家の都の屋敷であった。格で言えば、ガードナー家とも肩を並べるほどの実力ある貴族だ。

「おいおい、本当にここか」

首をひねりながらも、しばらく様子を伺っていると、屋敷の正面から堂々とあのボートランドが出てきた。ケビンの言ったことは本当だったようだ。貴族の家に出入りするため用にか、服装にも気を使っている。一見したところ盗賊だとは思わない出で立ちだが、顔の迫力とその額の傷が、相対したものを脇によけさせる迫力があった。

ウィルはゆっくりと物陰から姿を現した。ボートランドはそれに気づき、歩を止めた。

「ひさしぶりだな。ボートランド」

ボートランドは、含み笑いをした。

「……ダンじいさんの孫、でかくなったもんだ」

「やはりわかっていたのか」

ウィルがボートランドのねぐらの前で見張っていたことも、手下の後をつけていったことも、どうやらお見通しだったらしい。どおりで昨日はやけに連れまわされたわけだ。

「おまえに尾行されるのだけはごめんだ」

そうそっぽを向いて言ってから、ウィルをまっすぐに見据えた。

「まさかお前がくるとはな。国のトップからの依頼も受けるとは、見境なしだ。お前ならオレの犯行だとすぐにわかっただろう」

レギナスに行って仕事をしていたというトーマスの情報、そして、姿を見られたにもかかわらず、盗賊は追っ手を傷つけることをしなかった。それだけでボートランドだとウィルにはすぐわかった。

「ボートランドこそ。王室から追われることを承知でなんであんなつまらない物を?」

王冠を盗むということは、どこまでも追っ手が付きまとうということだ。実際ボートランドは追っ手がくることを予期していた。そんな危険を冒してまで手に入れる必要があったのか、それがウィルには疑問であった。

「あれはオレの失態だ。まったく。一番弱みを見せたくないやつに説明するのはしゃくにさわる」

ボートランドは気色ばんだ。

「わざわざケビンにこの場所を教えたのはなぜだ?」

「弁解をするわけじゃない。しかし、よく聞け。デリンジャーの奴はオレに嘘をついた。あの王冠はレプリカだと言ったのだ。レプリカだが、本物と同じ、いやそれ以上の宝石がついていると。デリンジャーは宝飾品に目が無いコレクターだ。オレだって本物だと知っていたら、こんなバカな仕事はしない」

吐き捨てるように言い、ボートランドはいきり立った。

「なるほどな」

「報酬も値切ってきやがった。まったく、オレもコケにされたもんだ。オレはもう奴とは手を切った。ケチな報酬も受け取らない。あとは好きに料理してやれ」

「わかった」

「ああ、それと」

ボートランドは横を見て言った。

「これはオレの独り言だが、今度の舞踏会の裏で秘密裏にお披露目会があるらしい」

ウィルはにっと笑った。

「大サービスだ」

それには答えず、立ち去ろうとするボートランドにウィルは声をかけた。

「どうやら約束は守ってくれているようだな」

「……忘れたくても忘れられん。こんな傷をつけられちゃな」

親指で額を指してから、背中を向けて去って行った。

ウィルはふっと笑みをこぼした。

あれは数年前。

帰国したウィルは、ボートランドの見境ない悪行の数々を耳にした。グレンの掟は既に破られていたが、ウィルが最も許せなかったのは、押し入った先で人々を傷つけることだ。自分の利益のためだけに動き、邪魔をする者は力で排除する。ボートランドの悪事には血が惜しみなく流れていた。

腹に据えかねたウィルは、ボートランドに決闘を申し入れた。自分が勝ったら、二度と血を流す仕事をするな、と。

ウィルのことを見くびっていたボートランドは、馬鹿にした笑いを浮かべて快諾した。それも当然で、ボートランドが知っているウィルは、グレンに仕込まれていたとはいえ、か弱い10歳の少年だった。体が大きくなったといっても負けるわけはないとタカをくくっていたのだ。

そして、かつての仲間たちが集まり一大ショーとして始まった決闘は、大方の予想を大きく裏切り、ウィルの圧勝となった。ボートランドに額の傷を残して。

それ以来、ウィルは昔の仲間たちに一目置かれる存在となった。グレンの秘蔵っ子が10年ほどで向かうところ敵なしになった、と。

 

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