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My Robber Prince ~猫と恋泥棒~ 第11章

バートに渡された懐中時計はあるべき元の場所へと戻された。

その翌朝、急ぎ慌てたデボラの使者がガードナー家を訪れた。伝文の内容は、ハーン家の使用人ともども都の小さな屋敷を引き払い領地へと移ることになったため、もう夫人はガードナー家には来ることができない旨のお詫び、ということだった。

「どうされたのかしら。急なこともあるものね」

とローズは首をかしげていたが、最近のデボラのしつこい勧誘から逃れられたからか、いくらかほっとしているようにも見えた。

使者が帰ってからウィルは、バートにこっそりと言った。

「悪い噂を流していた夫人がいなくなったのだから使用人もじきに集まるだろう。なにせ、天下のガードナー家だからな」

「はい。すべてウィリアム様のおかげです。しかし、時計が見つかったということは、ウィリアム様はまた、この国を出ていかれてしまわれるのでしょうか」

バートは晴れやかな顔から一転表情を曇らせた。

「ああ、そのつもりだ」

他国で保留にしてある仕事の依頼がいくつかある。どれも今回のような『盗み』ではあるが、大義がありウィルが納得した仕事しか引き受けない。その基準の根底にはグレンの掟があり、そこに用いる技は、すべてグレンに厳しく仕込まれたものだ。

「そうですか。ロゼッティーヌお嬢様が悲しまれますね」

「……そうだな」

この国を出る前に仲直りをしておかなくては、とウィルは思った。

朝食を終え、食後のお茶を食卓で飲んだ。ローズは相変わらず無口だったが、ウィルのことをちらちらと見ている。ケビンが脇に控えながらもつんつんとローズを急かしていた。

ウィルはおかしくなり、こちらから口を開いた。

「ローズ。まだ怒っているのか?」

「え?」

ローズは驚いたように顔を上げてウィルを見た。やっとまともに目を合わすことができた。

「長い間、会いに来なくて悪かったな」

ウィルが言うと、ローズは目を見開いた。そしてその目にみるみる涙をため、赤くした顔をくしゃくしゃにした。その表情は幼い頃と少しも変わっていない。伊達メガネを取り、バートから渡されたハンカチでぐずぐずと言わせながら、ローズは口を開いた。

「いいえ……私のほうこそ、変な意地を張って……。せっかくウィルが帰ってきてくれたというのに、不機嫌な態度ばかりで……。ごめんなさい」

そしてしばらくしてチンと鼻をかむと、顔を上げて赤い目でウィルをまっすぐに見つめた。

「おかえりなさい、ウィル」

涙に濡れた瞳で微笑んだローズは、朝の光の中、とても美しく、ウィルは一瞬見とれてしまったが、思い直して言った。

「ああ、それなんだが……。ごめん、ローズ。今日にでもまたこの国を発とうと思っていてだな……」

そう言った途端、ローズはバタンと椅子を後ろに倒して立ち上がった。思わずひるんだウィルの目を見て再び泣きそうな顔になり、目をそらすとそのまま部屋を出ていってしまった。

「なんだよ、兄貴。嬢ちゃんを泣かせやがって。それにこの国を出るなんてオレ初耳だぞ。なんでわざわざ他の国に行くのさ」

「そうですね。この際、この国に腰を据えられては?」

バートまで調子を合わせている。ウィルが首を縦にふらないので、ケビンがいぶかしんだ。

「兄貴、この国に居られない訳でもあるのか?」

「そんなものはない」

ケビンが厳しい目つきで問いただすもウィルは即答した。

「オレは兄貴の弟子だからついて行きたいけど、このお屋敷に雇ってもらった恩もあるんだ。頼むからここにいてくれよ」

今度は泣き落としとばかりに、眉をさげて懇願する。

「弟子にしたつもりはないぞ」というとケビンはプンと頬をふくらませた。

しばらく押し問答をしていると、再びドアがばたんと開かれた。勢いよく入ってきたのは、先ほど部屋を飛び出したローズだった。

「ウィル……。こ、これを……」

肩で息をしながら差し出した手の中には、苦労して取り戻した、あの懐中時計があった。

「これは……」

ウィルは驚いてローズの顔を見た。さっきの涙はなく、決意に満ちた表情となっている。

「これはお父様の形見の懐中時計です。これを持って行って……」

「いや、しかし、これは君のお父さんが大切にしていたものだ。ローズが持っているべきものだよ」

まだ荒い呼吸のローズは大きく首を振った。

「いいえ、これはウィルのものです。お父様がはっきりそうおっしゃっていたもの」

「え?」

ウィルは驚いてバートを見た。バートはにっこり笑ってうなずいている。

「どんなにせがんでもこれだけは私にくれなかった。あんなからくりの中に隠してあるくらいだから、きっととても大切なものだろうってことだけはわかってる。だからこそ、お父様の意志どおり、ウィルに渡したかったの」

バートは知っていて、オレ自身にこれを取り戻させたのか。ということは、オレが部屋の開錠の仕方を覚えているかまで確認したってわけだ。

まったく。ウィルはバートを睨んだが、バートは知らないふりをしてそっぽを向いている。

ウィルはしばらく考えてから、ローズから懐中時計を受け取った。手の中のそれを見つめ、不可解な想いをめぐらせる。

グレンの宝。それをオレが受け継いでいい、ということなのだろうか。

そのとき、少し開かれた窓の外から馬車の音がした。蹄の数が多く客車の音も重々しい。

バートが急いで玄関ホールへ向かった。本来なら屋敷の門番が取り次ぐところだが、誰もいないため、そのまま入ってきたのだろう。ウィルが窓から見下ろすと、正面玄関の前に4頭立ての大きな馬車が止まっていた。その風格で客が只者でないことをうかがわせる。

対応にあたっていたバートが戻ってきて、うやうやしく言った。

「王室の御使者の方がおみえになりました」

「何?王室?ローズ、お前もルーカスおじさん同様親交があるんだな」

「いいえ、そんな御使者の方はお父様が亡くなってからお見えになったことはなかったけど……」

ローズが戸惑いながらも体の向きを変えようとするとバートが首をふった。

「いいえ、お嬢様にではなく、ウィリアム様にお会いしたいということです」

「オレに?」ウィルは目を見開いた。

「王室の使者がオレにいったい何の用があるっていうんだ?」

「ご用件は承っておりませんが、御使者の方はウィリアム様とお二人だけでお話をしたいとのことです。今応接室にお通しいたしました」

「……わかった。ひとまず行ってみよう」

ケビンが、急におろおろとし始めた。

「大丈夫か、兄貴?逃げたほうがいいんじゃないか」

「お前、オレをなんだと思ってるんだ?」

ウィルは笑いながら、部屋を出た。

応接室に向かう途中、バートが小さく言った。

「国王じきじきの御使者ということです」

「ほう?」

応接室の前でバートと別れ、ウィルはノックをしてから一応敬意を払い伏せ目がちで部屋に入った。扉を閉め、顔を上げると、中央のソファに座っていたのは予想とは違う風貌の使者だった。

「あなたが、ウィリアム・ゴードウィン?」

鋭い視線をウィルに注いだのは、女性の使者だった。華やかな色合いだが派手すぎない服をまとい、長い栗色の髪は緩やかに横に流れてまとめられている。何よりも目を惹くその容貌は美しいが、表情は毅然としていて近寄りがたい印象を与える。ローズとはタイプの違う美人であった。

「ああ、そうだ。しかし、国王の使者さんがオレなんかに何の用だ」

ウィルは警戒しつつも向いのソファに座った。

「あなたに頼めることは一つでしょ。盗んで欲しいものがあるの」

女性の使者は淀みなく言った。

国王が、盗みの依頼?

……この国は、本当に大丈夫なのか……?

ウィルは大きなため息をついた。

 

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