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My Robber Prince ~猫と恋泥棒~ 第10章

ウィルが部屋の中央で立ち尽くし、あたりを見回していると、最初に登場した白い猫がソファの下にもぐりこむところに目が留まった。

ウィルは無意識に後を追い、屈んでソファの下を覗き込んだ。そのときカチャリと、と廊下側のドアの鍵を開ける音がした。ウィルは素早くそのソファの下にもぐりこんだ。

「兄貴?」というケビンの声がする。鍵束をじゃらじゃらさせたその足元が見えた。

まったく。待っていろといったのに。

そのとき、ケビンの後ろのドアがバタンと大きく開かれた。

「ケビン!あなたここで何をしているの!」

デボラが血相を変えて部屋に飛び込んできた。

「私の猫たちに何をする気?クビにされた腹いせ?市警察に引き渡してやるわ!」

勢いに驚いて足をすくませているケビンの服の襟首部分を、デボラはグイっとつまみ上げた。

「や、やめろ!」

ケビンの震える声がする。

やれやれ。

ウィルが仕方なく出ていこうとすると、ともにソファの下にいた白い猫がにゃーと小さく泣いた。ふとその猫のほうを見ると、その影に何かが転がっている。

これは……。

手をのばしてつかむと猫が顔にすり寄ってきた。

「へっくしょん!」

たまらずウィルはくしゃみをしてしまった。

「誰!?」

デボラの鋭い視線がソファに向かった。

白い猫は飛び出し、ウィルは反対側から抜け出した。そして、ソファの影から悠然と立ち上がり姿を現した。

「ケビン、待ってろって言っただろう」

「兄貴!」

ケビンは泣きそうな顔で叫んだ。

「な、何者?」

ウィルの登場にデボラは一瞬ひるんだが、ケビンを盾に怒鳴った。

「盗賊ね!あなたが手引きしたのね、ケビン!ハーン家への恩を忘れたの!」

マスクをしているせいか、ガードナー家で会っているにも関わらずデボラはウィルのことがわからないようだった。

「盗人に盗賊呼ばわりされたくはないね。オレたちはある筋から頼まれてお前の身辺調査をしているだけさ」

適当なでまかせを交えて言い、ウィルは手に握っていたものをデボラの前に突き出した。

「な、何よ、それ」

デボラは一瞬うろたえたが、気を取り直してしらばっくれた。

ウィルが掲げたものは、ルーカスの書斎から消えた、あの懐中時計だった。

「これはガードナー家のものだ。なぜここにあるのかな」

「し、知らないわよ、そんなもの。猫がどこかから拾ってきたんでしょ」

「ここの猫は外には出ないぞ」

ケビンがすかさず叫んだ。

「まだ白を切るというなら、隣の部屋に行こうじゃないか」

目的を達した以上こんな部屋にいる必要はない。まだ鼻がむずむずするウィルは、自らデボラの部屋へと入っていた。

「ま、待ちなさい!」

デボラはケビンをつかむ手を放し、慌ててウィルの後を追った。ケビンも急いで後に続いた。デボラの部屋でウィルは、キャビネットの上に置かれている小さな彫像の前で振り返った。

「これはついこの間までガードナー家の玄関ホールに置かれていたものだ。どうやら目は効くらしい。こいつはいい金になる。明日にでも売りに出すところだったんだろう」

「な、何のこと?偶然似たようなものがあっただけでしょ」

図星をさされたようで、デボラはあたふたと言い逃れをした。

「ガードナー家に問い合わせればすぐわかることだ」

「うっ」

デボラは言葉に詰まった。笑みを浮かべ余裕のある態度のウィルを見て、もう動揺を隠せない。

「あ、あの、あなた、ある筋から頼まれたって、いったいどこのことかしら?」

言葉使いまで丁寧になり、ウィルの顔色をうかがっている。

「それは言えない。しかし、これ以上ガードナー家と接触を持とうとするなら、市警察に来てもらうことになるだろう。ハーン家はお取り潰し。お前は路頭に迷って、先祖にも顔むけできなくなる」

デボラは「ひいっ」と引きつり顔面蒼白になった。畳みかけるようにウィルは鋭い目を向けた。

「ガードナー家から手を引け。いいな」

ウィルはケビンに目配せして、部屋のドアに向かった。そして、最後に振り返り、言った。

「オレが見ている。そのことを忘れるな」

踵を返すと、背後でデボラが力なく座り込んだ。

部屋を出て、ケビンがはしゃぎぎみにウィルの腕にしがみついた。

「さすが兄貴だ!かっこよかったなあ」

「おまえなあ、部屋で待ってろと言っただろ」

ケビンは肩をすくめて笑い、鍵束を掲げた。

「兄貴の役にたちたかったんだよ」と頭をかいた。

「それより、探し物が見つかって良かったね」

ケビンはウィルの手元を見た。懐中時計は大切にその手に握られている。

ウィルは手を開き時計を見た。懐かしさがこみあげてくる。竜頭を押して蓋をあけると壊れたところもなく記憶のままの様相を呈していた。そして蓋裏に刻まれた文字を読み、ウィルが笑みを浮かべるのを、ケビンは不思議そうに見上げていた。

 

 

ガードナー家に戻りケビンと別れてから、バートに懐中時計を手渡すと、バートは心底ほっとした様子で胸をなでおろした。

「さすがウィリアム様でございます。本当にこのたびはありがとうございました。旦那様も安心なさっているに違いありません。では念のため、例の部屋をご一緒にご確認いただけませんか」

「お、あの部屋か。いいね。目の保養になる」

二人はいそいそと夜の中庭へと向かった。そして、庭の中ほどにあり、屋根がドーム状に盛り上がっている大きなあずまやへと足を踏み入れる。

その中央には大理石のテーブルが据えられており、テーブルの真ん中には窪みがあった。小さくて丸いが、円形にりんごの柄が付いたような形だ。

「では、お願いいたします」

バートは懐中時計をウィルに手渡した。ウィルは子供のように目を輝かせて、時計をつかみ、テーブルの中央へと手を伸ばした。

「いくぞ」

懐中時計をその窪みへと入れる。竜頭部分までりんごの柄にぴったりと収まった。そして、ゆっくりと時計ごと押し込むと……。

ゴゴゴッと石の擦れる低い音を奏で、大理石のテーブルが真っ二つに割れた。そしてその下から地下へと続く石の階段が現れた。

「まったくおもしろい仕掛けだよ」

久しぶりに見たその光景に感嘆の声を上げて、ウィルはテーブルにはまったままの時計を抜き出した。二人はランプを手に階段を下り、そのまま地下の廊下を進んだ。中庭の下にあるとは思えないほど、暗いことを除けば屋敷の中を歩いているかのような廊下だ。地下特有のジメジメした感じは無い。それは空気が抜けるようちゃんと設計されているからに違いない。

少し進むと重厚な鉄の扉の前に出た。廊下はその先も続いているが、どうなっているのか、どこに続いているのか、ウィルは知らない。

「鍵の使い方は覚えておいでですか?」

バートが聞いた。

「ああ、おそらく」

ウィルは手の中の懐中時計の蓋を開いた。そして竜頭を回しお茶の時間である3時にセットしてから竜頭を押し、夜の12時にセットしてまた押し、一回り以上回してまた昼間の3時にして竜頭を押した。すると、時計がカチッと小さな音を立てた。

「合っていたみたいだな」

「はい、正解でございます」

バートはにっこりと笑っている。ウィルは時計を裏返した。そこには今までなかった、複雑な五角形のでっぱりが現れていた。それを確認してから、ランプをドアにかざし、ある部分を探した。

「ここか」

上部に、時計と同じ五角形の窪みを見つけ、そこに時計の裏を向けて差し込んだ。ぴったりとはまったのを確認してから、時計を右に90度回して一度押し、180度逆に回して再び押した。するとガチャッ、とドアの錠が外れる音がした。

「よし」

ウィルはバートと目を合わせてうなずくと、扉の取っ手に手をかけてゆっくりと手前に開いた。

暗闇の中、ランプをかざす。

そこには、まばゆいばかりの金銀財宝がたっぷりと眠っていた。ランプの明かりを反射してきらきらと輝いている。壁沿いにある棚に置ききれなくなったものがいくつもの箱に入って積み上げられ、それにも入りきらなくなったものが無造作に箱の上や床に転がっていた。絵画、置物、彫像、宝飾品、そしてそれ以上に貨幣、金が山ほどあった。

「いつ見ても圧倒されるな」

ウィルは思わず見入っていた。これが、かつての義賊仲間の間で、今でもまことしやかに噂されている『グレンの宝』だった。

かつて、義賊として活躍していたグレンは、重税を強いる領主や、私利私欲に走り農場の使用人たちを低賃金でこき使う貴族などから、多くのものを奪った。グレンの掟の一つ、悪人の金持ちから奪う、だ。そしてそれらを、権力者のせいで貧しさに苦しむ庶民に分け与えていたのだ。無用な殺生はせず、貧しいものの味方であったグレンは地方の庶民で知らないものはいない。

グレンの死後、王の変わったこの国は、新しい女王のもとさまざまな改革が行われ、地方の庶民の隅々までうるおっていった。そのため、これらの財宝は行き場を失い、ガードナー家の地下に眠るままとなった。

「まあ、無事で何よりだ」

これらのお宝が今後どうなるのかはウィルのあずかり知らぬことだ。ガードナー家で決めればよいと思っている。

ウィルも詳しくは知らないが、ルーカスとグレンは旧知の友であり信頼しあう間柄であった。そのため細工や仕掛けの大好きなルーカスがグレンのためにこの中庭の地下に秘密の部屋を作ったのであろう。おそらくグレンは、どこかにあるもう一方の出口から仲間にも秘密裏に出入りしていたと思われる。

貴族のルーカスがグレンの支援をしていたことは義賊仲間では暗黙の了解であり、そのため古い仲間は決してガードナー家には手出しをしないのだ。

貴族のルーカスと、盗賊であるグレンがなぜ古くからの知り合いであり親友であったのか、ウィルもときどき不思議に思う。グレンのもとにいた幼い頃、その重臣であり、グレンを頭(かしら)として崇拝していたボートランドが、グレンに叱られた夜、ふてくされ酒に酔ってこぼした言葉をウィルはいまだに覚えている。

「ちっ、貴族野郎のくせに」

話の前後から推測してグレンを指しているような言葉であった。グレンの過去は、グレンとルーカスが亡くなった今となっては、おそらくボートランド以外誰も知らない。

その後、バートと確認しあい、部屋を出て重い扉を閉めた。鍵をかけてから、ふと懐中時計の竜頭を押して上蓋を開いた。そこにはルーカスがグレンに、この鍵となる時計とともに送った言葉が彫り込まれている。

「我が永遠の友へ」と。

 

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